第1話
以前書いていた作品をリメイクしてみました。
目が覚めると視界に広がるのは自室の天井。いつもと変わらない光景だ。上体を起こし、欠伸をしながら背筋を伸ばす。眠気はまだあるが、学校に行かなければならないのでベットから出て着替え始める。ブレザーを肩に掛け、かばんを手に持ってリビングに向かう。
「おはよう……っているわけないか」
リビングに入って挨拶をするが、そこに人影はない。しかし、これはいつものことだ。
言っておくが、別に天涯孤独というわけではない。父親は俺が物心つく前に亡くなったそうだが、女手1つで不自由なく生活を送る事ができるほど仕事ができる母親がいる。
仕事ができるということはそれだけ仕事を任されるということなので、早朝から仕事に行くには想像に難くないだろう。
「ちゃんと朝食を作ってくれるだけで感謝だな」
ブレザーとかばんを自分の座るイスの隣に置いて朝食を食べ始める。朝食を食べ終わると、牛乳を飲みながら時間を確認する。
「……まだ時間あるな」
片付けくらいはしておこうと思い、食器を手に持ってキッチンに向かう。
自慢ではないが、昔から親がいない時間が多かったこともあってそれなりに家事はできるのだ。食器洗いは小学生の手伝いレベルだから出来て当たり前と思うかもしれないが。
後片付けを終えると、俺は洗面台に向かって歯磨きを済ませ、リビングに戻ってブレザーを着ながら時間を確認する。もう少しゆっくりしていたも遅刻はしない時間ではあるが、家に居てもやることもない俺は学校に向かうことにした。緩めていたネクタイをきちんと締め、かばんを右手に持って玄関に向かう。
「……これでよし」
忘れ物がないか確認し終え、玄関に鍵を閉める。鍵を落とさないようにかばんに入れると、学校に向かって歩き始めた。
俺は、毎日のように使う通学路で学校に向かう。
学校に近づくにつれ、同じ制服を着た少年少女の姿が視界に映り、徐々に数を増していく。友人と話して楽しく登校している生徒もいれば、俺のように1人で黙々と登校している生徒もいる。基本的に朝からテンションが高い者は前者であり、高くない者は後者だ。
「……よ~」
「…………」
「おはよ~!」
「……っ!?」
背後から聞こえた大声に俺は身を震わせた。反射的に振り返ったが、そこには誰もいない。……と思ったが、視線を少し下に向けるとクラスメイトの女子が少し頬を膨らませた状態で立っていた。
「朝田か……」
少女の名前は、朝田光。童顔に加えて小柄ということもあって、1、2歳年下に見える。髪はウェーブのかかったロングであり、最大の特徴は輝いて見える笑顔を常に絶やさないことだろう。
話しかけてきた人物が分かった俺は、この場に立ち止まっていたら遅刻する可能性があるので、振り返るのやめて歩き始める。すると朝田は、「待ってよ!」と声を発した後、駆け足で俺の隣に来た。
「神田くん、挨拶されたのに挨拶を返さないとはどういうことですか?」
「俺なりに挨拶はした」
「あれを挨拶とは普通言いませんよ」
朝田は子供のように頬を膨らませながら言ってくる。彼女は常に笑顔を絶やさないと言ったが、感情はすぐに顔に出るので笑って見えるというのが正解かもしれない。
「それに前から思ってましたけど、神田くんはわたしに素っ気ないです」
「別に親しいわけでもないだろ」
実際のところ、俺と朝田は特別親しい間柄でもない。関係性を一言で表すならば、ただのクラスメイトといったところだろう。その程度の関係ならば、挨拶と事務的な会話くらいしかしないはずだ。故に、素っ気ないと言われるのはおかしいのではないだろうか。
また朝田は、小柄に加えて笑顔を絶やさないせいか誰からも警戒心を抱かれない節がある。そのため学校内の様々な情報を知っており、時折俺に世間話のネタとして報告してくるのだ。情報通の一面を知っているだけに、親しく接していると知らない間に弱みを握られそうである。あまり深く関わりたくないと思うのは普通のことなのでは……。
「なっ!? わ、わたしたちは友達ではなかったのですか?」
「名前くらいしか知らないやつを友人とは普通は呼ばないと思うが?」
「え、わたしは神田くんのこと知ってますよ」
「ほう……俺の何を知ってるんだ?」
強気に返答しているが、内心は恐怖を覚えている。
素っ気ない会話しかしてないのに、こいつはいつの間に俺のことを知ったのだろうか。学校に友人と呼べそうな奴は数えるほどしかいないはずだが。
「男の子ってことと同い年ってこと……あとは無愛想ってことです」
朝田の発した言葉に俺は呆れて何も言えなかった。
知っていると言っておきながら、内容は見た目から分かったりすることだけ。これ以上、朝田と話していても得るものはないと思った俺は歩く速度を早めた。
「ちょっ、急にペース変えないでくださいよ!」
朝田は再び俺の隣に並んでくる。なぜ彼女は人の隣に来たがるのだろうか。まさかあれほど人と話しているのに、自然体で話せる相手は俺しかいないのだろうか。本当の友人がいないと考えると……いや俺も友人と呼べる仲じゃなかった。
ふと思ったが、女子と並んで登校というのは良からぬ噂が立つ可能性が高い。考え方によっては、それを応用して俺の弱みを握るつもりとも考えられる。ここは急いで教室に向かったほうが無難かもしれない。
「え、何で急に走るんですか!?」
朝田が何やら騒いでいるが知った事ではない。人を陥れようとするやつの隣に居てたまるか。そう思った俺は、できるだけ速く教室に向かった。
目的の教室に着くと一目散に自分の席に座る。正直に言って、今の気分は良いとは言えない。朝から無駄な体力を使ってしまったのだ。誰だって俺と同じような気分になるだろう。
しかし、いつまでも机の上に突っ伏しているわけにもいかない。俺の身分は学生。つまり課題を出さなければならないのだ。
「ん、おはよう神田」
ゆったりとした足取りで課題を提出しに行くと、課題を整頓していたクラスメイトに挨拶をされる。
凛とした整った顔立ちをしており、八頭身とスタイルも良い。青みがかったを長い黒髪をポニーテールにまとめていることもあって、明るく活発そうな印象を受ける。
彼女の名前は高倉真理奈。古くから続く道場の娘であり、大抵の男子よりも優れた身体能力を持っている。しゃべり方が少々固く、男勝りな部分を感じさせる性格をしている。凛とした容姿や性格もあって、噂によれば一部の女子から《お姉さま》と呼ばれているとか。
「おはよう」
「課題はそこに置いていてくれていい」
「そうか」
返事をしながら高倉が指した場所に課題を置く。
平凡な俺からすれば高倉は、高嶺の花と呼べる存在だ。身の丈に合っていない恋愛はするつもりはないし、話し方のせいかあまり異性として意識していない。それに彼女と話していると、一部の女生徒から恨みを買う恐れがある。会話は最低限にして自分の席に戻るのが賢明だろう。
「神田くん、さっきはよくも置いて行ってくれやがったですね」
「……何で俺の席に来る? 自分の席に行け」
「いくらなんでも素っ気なさ過ぎますよ。神田くんはわたしのこと嫌いなんですか?」
「…………別に」
「悩んだ挙句、好きでも嫌いでもない返答ですか!」
朝田が不機嫌そうな顔で睨んできた。
しかし、俺は彼女と親しい間柄というわけではない。ということは好きではないと言えるだろう。また何かされたというわけでもないので嫌いとも言えない。
余計な体力を使わされたことと、弱みを握ろうとしてそうなので関わりたくない。その感情を考慮すると、どちらかと言えば嫌いかもしれないが。
「ほ~らお前ら、いつまでも突っ立ってないで席に着け。HR始めるぞ~」
俺たちのクラスの担任が注意しながら教室に入ってきた。これからいつもとほとんど変わらない学校生活が始まる。
HRが終わって教材を机に出して待つこと数分、担当の教師が来て授業が始まる。
授業を退屈と思う者もいれば、将来の夢を明確に持っているので真剣に受ける者もいる。部活動に励んでいる者は前者が多いだろう。
俺は部活動をしていないのだが前者気味だ。これまで大した出来事がない人生を送ってきたため、どうにもやりたいことやなりたいものが見えてこないのだ。教師が黒板に向かっている間、窓の外を見ながらこんなことを考えているのが良い証拠だろう。
――……なっ!?
教師が話しているときはちゃんと聞き、ノートもきちんと取る。教師が黒板に続きを書き始めたら、少しの間別のことを考える。それを繰り返していると突然床が光り始めた。強烈な光に瞼を降ろさずを得ない。教室の至るところから悲鳴が上がっている。
徐々に視界に映る瞼の裏が暗くなっていく。光が収まったのだと思い瞼を開けると、視界に広がったのは見慣れた教室ではなかった。教室にいた連中だけでなく、中世の貴族のような服を着た集団がこちらを見ている。
「……貴様達、勇者としてこの国を救え」
そう言って、装飾が施された王冠を被っている威厳のある人物が玉座から立ち上がる。
目の前にいる男が何を言っているのか、おそらくこの場で理解している学生はいないだろう。教室からこの場に来た理由も分かっていない状態なのだから。
「な……何なんだよ!?」
「ど、どういうわけなの?」
「訳が分かんねぇ……」
クラスメイト達は徐々に騒ぎ始める。
自分よりも困惑している人間を目の前にすると、自分がどうにかしなければならないと本能的に思ったのか、俺は少しずつではあるが冷静さを取り戻し始める。
王冠を被っている男は……普通に考えてこの場で一番偉い人物なんだろう。傍に控えている老人は政治的なことを手伝う側近といったところだろうか。
「貴様ら騒ぐな! 王の前であるぞ!」
側近と思われる老人が叫んだ。鋭い怒声と周囲にいる兵達が動いたときに発生した金属が擦れ合う音に恐怖を感じたのか、騒いでいたクラスメイト達は一斉に口を閉じる。
「よい、この者達は見た限り現状が呑み込めていないのであろう。勇者として国を救えといきなり言ってしまったが、まず最初に説明をするべきであった」
王らしき男が静かに告げながら、先ほど怒鳴った側近に手で合図を送る、すると側近は、俺達の目の前に来ると一度咳払いをしてから話し始める。
「貴様達はこのアルカディア王国に召喚された勇者と従者達だ。貴様達の役目を簡単に説明すれば、この国をあらゆるものから救う事だ」
俺達が勇者でこの国を救うために召喚しただと……何を勝手なことを言っているんだ。了承を得る事なくこの場に連れて来ておきながら、知りもしないこの国を守れだと。馬鹿なことを言うな。
俺と同じようなことを思ったのか、クラスメイト達が小声で何やら呟いている。聞こえるように言わないあたり、相手の怒りを買ってはいけないと直感的に理解しているのだろう。
「もちろん、その度に結果を残せばそれ相応の望みは叶えてやろう。何やら話している者がいるようだが、安心するがいい。今から魔王を討伐しに行け、などといった命令をするつもりはない。勇者、勇者の従者である貴様らとはいえ、見たところ武器も持っていない。色々と準備が必要であろう」
突然危険な場所に放り出されないということが分かり、俺は内心安堵した。だがここで気を緩めるわけにはいかない。
この世界には魔王がいるというのか。いや、いなければ勇者を召喚する必要はない。勇者と魔王はコインの表と裏の関係と呼べるようなものなのだから。
本当は色々と言ってやりたい気持ちがあるが、周囲には武装した兵士達がいる。俺達には側近が言ったように武器はない。制服を着ているだけだ。そもそも、武器を持ったことすらない俺達では何もすることは出来ないだろう。
現状の話をまとめると、俺達の役目はよくある話のように最終的に魔王を討伐するという……待てよ、安易にそう考えるのは危険ではないだろうか。
側近が口にした言葉を思い出し始める。魔王を討伐しろという命令は、今はするつもりはないといった言葉を口にした。だがその前はどうだっただろうか。
俺達はアルカディアという国に召喚された勇者と従者。教室にいた生徒全員で40人ほどいる。あちらの立場で考えれば、これだけ人数がいれば全員が勇者ではなく、勇者と従者だと思うことにおかしくない。ここは特に問題ないと言える。
次に言ったのは、この国をあらゆるものから救うこと。一見おかしくないように思えるが……もし魔王を討伐することが最終目標なら魔王を倒してこの世界を救えでいいのではないだろうか。俺の考え過ぎなのかもしれないが、あの言い方ではまるで魔王だけでなく、この国の敵となる存在全てから救えと言っているように思える。
……実際そうなのではないのだろうか。
老人は結果を残せばその度に相応の望みを叶えると言ったはずうだ。その度という事は、戦いが起きる度ということだろうし、望みとは褒美とも解釈することができる。魔王の討伐を行うならば、俺達はこの国から離れるはず。つまり王達に望みを言える状況ではないし、言えるのは1回くらいだろう。
王達の狙いは俺達を勇者や従者として扱うことでこの国の戦力にすることではないだろうか。彼らからすれば、魔王を倒せる戦力を自国に置いておきたいに決まっている。魔王を倒すことができたとしても、準備に時間がかかるとか言って何もしない可能性が高い。
…………もしかすると帰る方法がないってことも……その可能性は充分ありえる。
自分達のことだけ考えて育った人間なら他人の都合など考えるはずはない。ましてや王族ともなるとな尚更だろう。召喚するだけで帰還の方法まで考えているだろうか……。
「さて、貴様達の中で勇者である者は誰だ?」
負の方向に考えていると側近が声が耳に届いた。
まだ俺はこの世界のことは何も分からない。召喚の儀式か魔法かは知らないが、それをこいつらが作ったものでないのなら、普通はベクトルが逆のモノも作るだろう。今は現状のことに集中し、余計なことは考えないようにしよう。
「勇者は名乗りを上げぬか」
「……勇者は俺だ!」
状況も分からないのに名乗り上げるやつはいないと思っていたが、ある人物が勇者と名乗りを上げた。
その人物の名前は天宮祥吾。運動神経抜群に加え、整った容姿をしている長身の男子だ。外国人の血が混じっているらしく髪は金色で、瞳も俺のように黒ではない。
学校中の女子だけでなく、他校の女子からも人気あると聞いたことがあり、校門前で見かけたこともしばしば。男子からもそれなりに人気があるらしいが……たまに悪い噂も聞いたことがある。
正直に言って、天宮は自分を勇者だと言ったのか分からない。勇者というなればそれだけで命の危険が増す可能性がある。従者なら任される任務などは勇者よりも多いだろうが、危険性は勇者の立場で行うものより低い可能性が高い。
クラスメイトを危険な目に遭わせるくらいなら自分が……、なんて正義感を持っているのか。俺にはそんな暑苦しい精神を持っている奴には見えないのだが。
「……ふむ、確かに貴様は勇者と思える」
側近は何を持って天宮を勇者と判断したのだろうか。一目見るだけで、その人物の能力が分かる力でも持っているのか。もしも見た目だけで判断したのならば、ますます不信感を抱いてしまう。
「他にはおらぬのか? これだけ人数がいれば他にも勇者がおるのではないか?」
側近が問いかけてきたが、天宮以外は誰も名乗りを上げようとはしない。しばらく沈黙が続いた。側近はまあいいといった感じに息を吐いた後、再び口を開く。
「勇者はこの場に残れ。他の者達はあの兵士について行け」
側近は周囲にいた兵士を指しながらそう告げた。指名された兵士は、俺達について来いと言うと黙々と歩き始める。だがクラスメイト達は、この場から動こうとはしない。理解が追いついていないため、自分から進む気にはなれないのだろう。
その気持ちは俺にもあるし、理解できる。だが周囲には武装した兵士がいる。このままでは機嫌を損ねる恐れがある。そうなっては連行されるか、手荒なことをされる可能性が高い。
「……行くしかない」
現状に抗うことを諦めるように呟いて歩き始めると、後方から徐々に足音が聞こえ始める。どうやら俺が歩き始めたことで、クラスメイト達も動き始めたらしい。後方から響いてくる足跡に安堵感を覚えたながら、俺は兵士のあとを付いて行った。