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周りを歩く人の過半数は男女のペアだ。屋内で暖房が効いていて暖かいというのに、どのペアもお互い身を寄せあっている。
一年前、俺は独り身だった。だからといって、カップルに嫉妬は全くしなかった。寧ろ幸せに包まれた表情をする人々に、思わず俺も笑顔になるくらいだった。そんな俺が彼女に出会い、幸せに包まれた人々の仲間入りを果たすことになった。
俺は今、ショッピングモールの一角にあるレディース向けアクセサリ店にいる。アクセサリ店の中には俺達を含めて4組のカップルがいる。他の3組のペアの表情は幸せに満ちているように見える。
彼女は爛々とした瞳で、空間を無駄遣いしているような配置できらびやかなアクセサリが納まっているショーケースを眺めている。ここにいるということは、言わずもがな彼女に何らかの記念日をプレゼントするということだ。彼女はときどきこちらを向いて嬉しそうに微笑み、ショーケースを覗き込み続けている。だんだんと彼女は俺から離れて店の奥へと進んでゆく。
いつの間にか彼女との距離がショーケースを3つ挟んで5、6メートルまで開いていた。この距離は俺と彼女がカップルだということに気付きにくい距離だ。ふと我に返り、一人で突っ立っていたことをごまかすように側のイヤリングとピアスの置かれたショーケースに目を落とした。
いい値段のアクセサリが並んでいる。小さな真珠だったり、宝石だったり、種類は様々だ。だが、これは俺がファッションに疎いからだろうが、どれも似たような輝きに見える。光が当たり、屈折、分散して俺の視界を飾る。どれもが同じように輝いて、俺には良し悪しがわからない。これは勉強しなきゃな、これ以上眺めても美的センスは向上しないだろう、と思い、彼女に教えを乞おうと目を上げて店内を見渡した。
相変わらずカップルは3組いてその内2組が指輪のコーナーでアクセサリに夢中になっていた。お互い半ば夢見がちな瞳で見つめあって指輪の良し悪しを語り合っている。その近くで彼女も同じように指輪を眺めている。俺の視線に気付いたのか、彼女はこちらを見て微笑み頬にえくぼを作った。俺が微笑み返すと、再び下を向いて指輪に視線を戻した。遠くにいる彼女は一人でも楽しそうだ。
不意に下を向くとショーケースのガラスに俺の顔が写っていることに気付いた。アクセサリに影を落とすように俺の顔が浮かんでいる。
俺がもし彼女と出会わなかったらどうなっていただろうか。いつものように子供連れの家族やカップルを眺めていただろう。彼女はどうだろうか。別の男性と付き合ってさっき俺に向けた笑顔をそいつにふりまいているのだろう。
ショーケースのアクセサリはどれも同じように輝いている。
他人の男に、他人の彼女がふりまく笑顔と、俺にふりまく笑顔とどう違うのだろうか。
顔をあげて彼女を見ると、まだ一人でショーケースに夢中になっているようだった。