力を、貸そう
「ハァハァ」
一体、この胸騒ぎはなんなんだよ!ルシアさんが連れ去られたかなんて、わからないのに、俺の足は止まらない。
気づいたら、俺は、昼間の豪邸についていた。ドアに駆け寄り、思いっきり叩く。すると、昼とは見違え、怯えるような雰囲気の主人が出てきた。
「騎士団の方......」
「被害は!?」
「それが、ルシアが――」
―――もう、その声は耳に入らない。
知らず知らずのうちに俺の脚は動き出していた。そして、恐らく、止まらない。
「海斗。どこいくんだ」
フェンリルが話し掛けてくる。
「ルシアさんを、助けにいく!」
明朝に行く?それまでに殺されたらどうする?充分、ありえることだ。お母さんと、一緒に暮らしたいと、言っていた。なら、生きてもらわなきゃ、その願いを聞いた俺が困る!それに、
涙はもう、見たくねぇ。
「ここか......」
禍々しい雰囲気を放つ、洞窟の前に俺は居た。どう来たか、もう、忘れた。
「行くぞ。フェンリル」
「おうよ!蹴散らすぜ!」
フェンリルを握りしめ、俺は洞窟の中に足を踏み入れる。いや、走り出す。
「らぁぁぁぁ!」
洞窟の中は暗く、少し前も見えない。このまま止まらずに、マッグルのところまで行きたいが、
「フェンリル、お前の出番みたいだ」
「おう。ざっと二百人ってとこか?」
「村の人もいるから、殺さないよう頼むぜ」
「おうよ!」
暗闇に潜み、影から俺を狙おうとしている、盗賊が居た。が、今の俺は、異常な程に気が張っている。どこに居るかなんて、丸裸に等しい。
盗賊は機敏な動きで、四方八方から、俺を襲ってくるのだが、フェンリルが全ての攻撃を捌き、そのまま攻撃に転じる。負ける気がしない。だが、量が量だ。いくら気絶させようと、一向に前に進めない。
「たく、あんたは、一人で行くんじゃないわよ」
「アリサ!どうして?」
「豪邸の主人に聞いて飛んできたのよ!早く行きなさい!助けたい人、いるんでしょ?」
「......あぁ!」
「さぁ!かかってきなさい!」
アリサに、盗賊を、任せて先を急ぐ。
「ねえちゃんに任しちまって良かったのか?」
「あぁ。アリサは、強いからな」
全力で、洞窟の奥へ走っていく。どこだ!ルシアさん。
無我夢中で走っていると、突然目の前に謎の気配がした。
「海斗。この先だ」
「あぁ。分かってる」
恐らく、マッグルだろう。人を操り、道具にする、最低な魔獣だ。暗くてまだ姿はわからないが、
「いくぞ!」
歩みを進める。すると、気配の正体は、トカゲの体に翼が生えたような、緑色の怪物。
「こいつが......」
「おうよ!マッグルだ」
そして、マッグルの横には、縄で縛られたルシアさんが居た。
「ルシアさん!」
「海斗さん?」
ゆるさねぇ!絶対に!
「フェンリル、行くぜ!」
「ちょっとまった!」
「え?」
意気込んでいた俺はフェンリルに引き留められる。
「あのな、俺は、ベルセルクが使っても壊れない代わりに、魔獣は倒せないのよ」
「え?マジで?」
「つまり、倒すのは海斗。お前さんの力で倒すしかないってわけよ」
「俺のって、つまり」
「ベルセルクの力だ」
代償がでかすぎるだろ!
「でも、俺、ベルセルクの力の使い方を知らねぇよ!」
「それは、簡単だぜ」
「どうすれば?」
「話しかけろ。心で。腕輪の中のベルセルクに。もし、ベルセルクが答えてくれたら、使えるかもな。力」
話しかける、か。そうか。
おい。ベルセルク。俺はな、助けたいやつがいんだよ。だから、力を貸してくれ。お前の、魔獣の力を!人を助けるために!
―――そうか。欲するか。我が力を。
声が。聞こえる。それに、体が、熱い。あの時と同じだ。
―――助けたい奴が居るのなら、今、力を貸そう。今回貸すのは、ゴブリン。下級魔獣だが、あいつを殺すのなら申し分ない。圧倒的、身体能力を得られるだろう。
そうか。ありがとう。心の中でベルセルクに礼を言う。
フェンリルを鞘に納め、拳を握りしめる。格闘技なんてやったことないが、やってみるしかない。
―――行けっ!
俺の意思と完全に同化したベルセルクの声が、頭に響く。
大きく地面を蹴りあげ、マッグルに飛びかかる。
「ヴァァァァァッ!」
マッグルの雄叫びが、洞窟に反響する。まずは、体!
「うぉぉら!」
右の拳で、ボディを思いっきり殴ってやる。マッグルの巨体は、その場に轟音をたてて転がる。
次は、尻尾!
「らぁッ!」
尻尾をぶっ叩く。地面に叩きつけ、尻尾をぶっちぎる。
マッグルは、呻き声をあげ、その、長い舌を振り回し反撃を仕掛けてくるが、今の俺......いや、俺達にはそんなもの通用しない。洞窟の壁を利用して、中を飛び回る。
「おらぁ!フィニッシュだ!」
最後は、頭。マッグルが、俺達を見失ったところで、斜め後ろから地面に、拳をめり込ませる!
「うぁらぁ」
いや、めり込んでも止めない。二度と起き上がれぬよう、体をも、地面に!
「ヴァァァァァ.......ァ」
「終った、か」
マッグルの声が聞こえなくなり、動かなくなる。やってやった。そう思ったとき、マッグルが光の塵になり、やはり、この腕輪に吸い込まれる。それを見ていると、ルシアさんのことが頭をよぎる
「ルシアさん」
疲労感はやはり感じる。フラフラの足取りで、ルシアさんに近づく。
「海斗さん!大丈夫ですか!?」
ルシアさんの縄をほどいてゆく。
「あぁ。大丈夫だ。それより、お母さん......」
ダメだ。意識が、遠のく。
「ん?」
「やっと起きたわね」
「心配いたしました」
「ここは?」
「私の家よ。今着いたの」
あぁ。そうか。また、寝ちまったんだな。ベルセルクの力を使うと、寝ちまうのか。
あれ?なんか、おかしくね?
「ル、ルシアさん?」
「なんでしょうか」
「な、何でここにいるんだ?」
「そうよ!なんか、成り行きで着いてきたけど、何なのよ!」
「私、今日から、この家でメイドをすることになりました!」
「え?」
「は?」
第一章
『副隊長試験』編
完結