フェンリルは出来るんです
どしうして、森というのはこうも不安を仰ぐのか。何か居そう、何かが起こりそう、などと考えてしまう。目の前にある森は、まさに「口」だ。俺達を飲み込まんとしている。
「で、ツクヨミ。道は?」
「真っ直ぐです」
「真っ直ぐ?」
「えぇ。この森の道は一本しか無いのです」
「へー」
「そして、その道の先に二人目のツクヨミが居るのです」
「だとよ、アリサ」
「聞こえてるわよ」
森に足を踏み入れる。その瞬間だ。確実に空気が変わった。嫌な空気とは違う。だからといって、神聖な空気ではない。なんとも言えないこの空気。ざわっと体が震える。前の道は終わりが見えない。どこまでも続いているようにも思える。一歩一歩確かめるように歩く俺とアリサ。
「なんか、出そうね」
「幽霊、とかか?」
「ゆ、ゆ、幽霊?そんなものい、い、いるわけ無いじゃない!」
明らかに動揺しているアリサを、面白がりながら道を進んで行く。両脇には木が。まぁ森なんだから当たり前か。などと思っていると、
突然、右側の草むらがざわめいた。
「待って......ゴブリンよ!」
目を移した草むらには、赤色で人型の怪物がいた。目も赤色に光っており、その体は鍛え上げられているよう。こいつか、アルト村の時にベルセルクが貸してくれた力は。
「気をつけて!こいつ、体は小さいけど力があって、それにすばしっこいわ!」
何をいっているのだ、と。どうどう考えても勝てるではないか。まず敗因が見つからない。
「アリサ、お前何を言って......」
そう言いながら、前言撤回。敗因はあるかもしれない。森の奥に赤い光が無数にある。大量のゴブリンが居る証拠だ。
「おい、アリサ。これって」
「そうよ。ゴブリンの群れ」
「二人で行けるか?」
「まぁ、何とかなりそうね。とりあえず、片っ端から行くわよ」
「フェンリル。準備はいいか!?」
戦うことを決め、鞘からフェンリルを抜く。
「おうよ!準備万端だぜ!
」
「んじゃ、行きますか!」
森の闇に飛び込む。
「これは、ざっと100匹は居るわね。じゃあ、あんたは、右から。私は左から行くわ」
「了解」
右端のゴブリンに飛びかかる。フェンリルは魔獣を切れないが、ゴブリンなど低族な魔獣は神経を叩くことで気絶させる事が出来る、と前に話してくれた。なので、剣を振り下ろし、ゴブリンを片っ端から気絶させていく。ゴブリンはやはりすばしっこく、剣を避けられることもあるが、そんなことは問題ではない。フェンリルはどの方向からの攻撃も受け付けているからな。歩みを進めながら、ゴブリンを掃討していく。段々と数は減っているような気がするが、まだまだ多い。アリサの方はどうなっているのか気になり、視線を向けると、
「アリサ!後ろ!」
「え?」
アリサの死角からゴブリンが襲いかかっていたのだ。アリサは突然のことで反応できない。気づけば俺の足は走り出していた。アリサのところまで10メートル。間に合うか......
「海斗!俺を投げろ!」
「おう!分かった」
フェンリルを思いっきり振りかぶり、アリサに襲いかかっている魔獣めがけて投げる!
「おぅりゃあ!」
俺の手から放たれたフェンリルは、ゴブリンの喉にクリーンヒット。ゴブリンは唸り声をあげつつ地面に叩きつけられる。
「アリサ!大丈夫か?」
「大丈夫よ」
「よかったぁ」
「あ...り...がと」
その時アリサが小声でなにか呟いた。それは、小声すぎて聞こえなかった。なので、
「なに?」
と、聞くと、
「な、何でもないわよ!それより、ゴブリン、全員倒したわよ」
アリサに言われて気づく。そう言えば、もう赤い光は見えない。俺が倒したやつで最後だったらしい。
「先進むわよ」
「分かった」
足を踏み出す、が。何かを忘れているような気がして、足がそれ以上進まない。
あ......
「ごめん。フェンリル......」
地面に置きっぱなしだった......
「あそこです」
ゴブリンとの戦闘から10分歩いた。森の奥まで来たと思う。
「ん?何もないぞ?」
「そうね」
「あの木々の向こうに居るのです。ツクヨミと......」
「と?」
ツクヨミ「と」ってなんだよ。ツクヨミと何がいるんだ?嫌な予感しかしないんだが、
「ゴブリンの群れのボスです」
「えぇ!?」
「恐らく、この地域を治めるゴブリンのボスにツクヨミは無理矢理奪われてしまったんだと思われます」
「確かに、ゴブリンの群れにはボスがいるわ」
「つまり、ボスを倒さなきゃツクヨミと契約は出来ない?」
「その通りです」
嫌な予感的中。ボスとか、聞いてねぇぞ。でも、ここまで来たらやるしかない、か。
その時、森の空気がざわめいた。
「来るわよ!」
「あーー!もうやってやんよ!かかってこいや!」
そして、ざわめいたのは森の空気だけでなく、俺の心。いや、
ベルセルクの心もざわめいた。