序章
俺は、立っていた。広い草原に。見渡す限り、人は居ない。そして、なにより、知らない場所だ。一体何が......
一時間前
「ん?なんだこれ」
家の倉を掃除していた。親にやれといわれ、やるしかなかったのだが。そこで、俺はあるものを見つけた。手のひらサイズの、木箱にはいっている、腕輪だ。黄色と赤の装飾と、何か模様が書いてある。疲れきっていた俺は、何を思ったか、その腕輪を右の手首に、はめてしまった。
したら、この、広い草原に来ちまったんだ。
ふと、腕輪のことが、頭をよぎった。原因はあの、腕輪では無いのか、と。右手に視線をやる。
ある。
確かに、腕輪は右手にはまっていた。不気味な何かを感じた俺は、得体の知れない腕輪を取ろうとしてみるが......とれない。なんで、取れないんだ?一体どうなってんだ。
だが、その事など忘れてしまうことが今、起きた。
人が向こうから歩いてくる。この何もない草原に、だ。だが、そんなことはどうでもいい。取り合えず助かった。人がいれば、ここがどこなのか、とか、道も聞ける。一気に緊張の糸が切れる。
その人は、女性だった。だが、見たことの無い服を着ており、髪の毛は、黒髪。遠いのでそれほど正確なことは、分からないが、とてつもなく美人だということは把握した。
今から、この美人に道を聞くのか、と俺の緊張の糸は再び、固く結ばれてしまった。
恐る恐る近づいて行くと、あの美人も、こちらに気がついたのか、足早にこちらに、近寄ってきた。
おいおい、と。あの、美人が俺に近づいてきましたよ、と。しかも、足早に。
そして、二人の第一声。
俺......
「すいませーん」
手を振り、できるだけ明るい声で声をかけた。
あの美人......
「どけぇぇぇぇぇ!」
あちらは明るく話しかける気は無いらしい。
どけ?じゃあ、どきますよ。俺は体を五歩ほど横に動かした。
そういえば、あの美人、足早じゃなくて、全力疾走になってるなー、そんな急がなくても、と思うのもつかの間、その美人は俺の横を、全力疾走で駆け抜け、その瞬間、ジャンプ!自然に目が追ってしまった美人。
と、怪物?
そこには美人と怪物がいた。超巨大な虎みたいな奴が。金の髭に、圧倒的オーラ。獣。これぞ、
「美女と野獣」
なーんて冗談を言っている場合では無いのが解ったのが、僅か、3秒後。「美女と野獣」の美女の方が野獣のほうに、斬りかかったのだ。腰に着けていた、剣で。あれ?これなんかやばくね?と思うのに2秒。命の危険を感じるのに、1秒。
しかし、命の危険など感じる必要が無かったことに気づくのが、3秒後。
真っ二つ。これが恐らく一番、この状況を説明するのに便利で、そして、手っ取り早いのだろう。
あの野獣は美女の剣によって真っ二つ。俺が感じた命の危険も、真っ二つになったのだった。
なんだ?何が起こっている?俺が居る世界にはあんな野獣はいねぇぞ?などと考えていると、
「ちょっとあんた!とっくに避難命令は出てるはずよ!こんなところで、突っ立って何をやってるの?」
「あ、いや。それは俺が聞きたいくらいで」
本音を言ってやった。恐らく、恐らくだが、俺は今怒られている。こっちに怒られる筋合いなど無いのに。怒っている美女は何かぶつぶつ言いながらこっちに歩いてきた。
「私は、ハルバニア王国第一騎士団、隊長のアリサ=イーグルよ。それより、こっちが聞きたいくらいって何なのよ」
「いや、だから。この腕輪を家で見つけて、はめちまったらここにいつの間にか居たんだよ」
と、説明してやる。丁寧な自分の説明のことだ。うまく伝わったであろう。
「ちょっと待って......その腕輪もっと良く見せて!」
なんだ?と思っているとアリサは俺の右手を乱暴に取り、その手首にはまっている取れない腕輪をじっくり観察している。すると突然、アリサがコクりと頷いた。
「間違いない」
「え?なにが?」
「ちょっと、あんたこっち来なさい」
アリサに手を引っ張られている。これは、嬉しい展開だったのだが、連れられた先は、真っ二つにされた、野獣の前だった。
「あんた、右手でこいつに触れてみて」
内心「マジで?」と言っているが仕方ない。断ると野獣と同じように、真っ二つにされかねないので言われるがまま、右手で野獣に触れた。
すると、どうだろう。野獣は光の塵になり、野獣に触れたこの腕にはまっている、腕輪に吸い込まれたではないか。
「おわっ!なんだ?どうなってんだよ!」
「どうなってるって......その魔獣、あんたの力になったのよ?」
魔獣?俺の力になった?意味が良く理解出来ないが、アリサは何かを知っているようだ。アリサに疑問をぶつけようとした、その時、
「っ!!あの、魔獣は!」
地響きがこの草原に響き渡った。その地響きの原因、それは、向こうに見える「魔獣」と言うのだろうか。原因はそいつで間違いない。それは、一言で表すのなら、暗。黒で覆われており、恐らく今、見えている部分は本来の姿ではないはずだ。大きな手と爪。あれは、熊?だが、大きさは、俺100人分くらい。そして、アリサは、というと、
「ちょっとコイツは、手に余るわね」
今、俺は不安しか無くなった。さっき、あんなにも華麗
にあの魔獣を倒した人から
「ちょっとこいつは手に余るわね」が出てくるとは思わなかったからだ。
「ちょっと、あんたコイツ倒すの手伝って」
「いやいや。俺には無理だって」
「なにいってんのよ!あんたには力があるでしょ、魔殺しの」
魔殺しの力?もしかして、さっき、光の塵になったやつの力を使えっつうのか?
「さっさとしなさい!」
「いや、俺、力の使い方知らないし」
「はぁ?じゃあ、どうすんのよ。アイツ」
知らねぇし関係ない。などと現実逃避してる間にさっきの魔獣はすぐそこに。一体どうすれば。
「あーー!もうわかった。私が、時間を稼ぐ。その間に、あんたは力の使い方を探しなさい!」
「あ、はい」
二つ返事で力の使い方を探すことを、約束してしまった。仕方ないから探すことにする。
さて、どうするか。あっちでは、魔獣とアリサが戦っている。急がなければ......
よし。とりあえず、心で念じてみるか。
いでよ!魔獣の力!
......変化なし。うーん。次は声に出してみるか。
「いでよ!魔獣の力!」
......変化なし。
どうするか、と思っていたその時だった。
「くっ!」
「おい!アリサ!大丈夫か」
魔獣と戦闘中にバランスを崩したのかアリサがこちらに倒れてきた。地べたに倒れているので、俺は無意識に手を差し伸べた。
「っ!いいわよ!自分で立てるから」
そう強がってはいるものの、
「おい、無理すんなよ。お前、足くじいただろ」
分かっている。足を挫いたことぐらい。しかたがない。
「ひとまず、ここは逃げようぜ?」
恐らくアリサの今の足じゃ、時間稼ぎは無理。ならば選択肢は一つ。逃げるしかない。俺は、再び、手を差し伸べる。今度は素直に、手を取ってくれた。
俺たちは、草原を逃げ始める。しかし、足を挫いているアリサに、いつも家でぐうたらしている俺。魔獣が追い付けないはずがない。必死に走っているものの、やはり、魔獣は速く、逃げきれない。
「くそ!どうすれば」
足はそのままに、頭を巡らせるが、なにも、思い浮かばない。だけど、死にたくねぇ!そう思ったその時
―――なんだ?体が、熱く......
どうした!体が熱い。それも、急に、だ。全力疾走していた足はその動きを止めてしまう。
「どうしたの?ねぇ!」
アリサが心配して声をかけてくるが、
「あんた!腕輪が!」
腕輪?ふと、目を移す。
「なんだ、これ」
右手の腕輪の部分から刺青の様な物が、右手どころか、気づけば、身体中に広がっていた。それは、さっきの虎か?
そうだった。
さっきの、巨大な虎だった。虎の刺青がくっきりと、身体中に入っていた。それと、同時に、頭では、自分の思考ではない考えが浮かんでいた。一体誰の思考なのか。その思考はこう考えていた。
『威圧』
逃げるために、魔獣を威圧しろと。このままでは、追い付かれるぞ、と。俺の体は、無意識なのか、それとも、誰かの意志が加わっているのか分からないが、走って来ている魔獣に体を向け、そして、睨み付けて、
「......失せろ」
自分でも驚く位の声が出た。圧倒的な声の重量感。そして、威圧するような、眼力。
我にかえり魔獣を見る。そこには、俺達に背中を向け、来た時のような、地響きと共に帰っていく魔獣だった。
「う......そ......」
安堵と、なぜか感じる疲労感。意識が......
俺はその場にぶっ倒れる。