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侯爵家の事情

感想を下さった方、ありがとうございます!

 侯爵に来いと言われた夜会の日はあっという間にやってきた。

 ベルモント男爵家までわざわざ迎えに現れたレノン侯爵は、相変わらずの冷ややかな美貌に不機嫌なオーラを纏っていて、無言でナディアを侯爵家の立派な馬車に押しこんだ。


(怖い…なんでか分からないけどすごく怖いわ…)


 馬車だと言うのに信じられないくらい座り心地のいいベルベットの椅子に向かい合って腰掛けた彼は、夜会用の正装も相まってぞっとするほど美しい。

 本能的な恐怖心を呼び起こす美貌に、不機嫌さの滲む気配。

 ナディアは無意識のうちに留めてしまっていた息をゆっくり吐き出した。


「飾り立てればそこそこ見れる」


 目を合わせた侯爵の失礼な言葉で再び息を詰める。お久しぶりです、と今更のように呟いたナディアを、レノン侯爵は鼻で笑った。

 真っ白い手袋に包まれた手がナディアの髪に伸びる。正しくは、髪を飾る大ぶりの花に。


「叔母は赤いクラヴィアがお嫌いだ」

「え?あ…」


 今日の装いでは唯一飾りらしい飾りを取り払われて、馬車の窓から捨てられてしまった。

 大ぶりの赤い花はドレスのアクセントとして比較的好んで使われるものだったが、侯爵の叔母君が嫌いと言うならつけているわけにはいかない。

 でも、捨てることもないのに。


「―――味気なくなったな」

「あなたがお捨てになったんでしょう?」


 本日二度目の失礼な言葉に、ナディアはようやく怒りを覚えた。

 会って早々侯爵の美貌と不機嫌なオーラに呑まれていたが、このやりとりでやっと自分を取り戻す。

 き、と睨みつけたナディアを、侯爵は一瞬意外そうな目で見返した。


「レノン侯爵、親しくもない女の髪にさわるのはマナー違反です」

「覚えておこう」


 ふ、と侯爵が口の端をわずかに上げる。


「代わりだ。つけておけ」


 自分の胸を飾る白い花を寄こしてくる。結構です、と出かかった言葉を止めたのは、侯爵のまとう不機嫌なオーラが少しだけ緩んだように思ったからだ。

 何だかわからないが、その美貌と不機嫌さに圧倒されていた身としてはありがたい。


「あの、今日いらっしゃる方々は、ステファンとアップルガース子爵夫人のことを知っているんですか?」

「行方が知れないと知っているのは私だけだ。もっとも、姉上に請われてかくまっている者がいるなら別だが」

「子爵夫人のお友達をご存知なら、教えてください」

「…叔母のことは知っているな?」

「ロストール伯爵夫人でしょう?あなたのお父様の妹君で、お子様は、遅くにできた御子息がおひとりだけ」

「よく調べている」


 レノン侯爵の言葉は感心しているとも馬鹿にしているともとれる響きをしていて、ナディアは少しばつの悪い思いをする。

 しかし、レノン侯爵家の人間の主催する集まりに何の予備知識もなく行くなんて恐ろしくて出来ない。まして、駆け落ちした弟を探す大事な足がかりの場なのだ。情報は多いほうがよかった。


「毎年この集まりに呼ばれるのは、両家の身内と叔母上の親しくされている貴族だけだ。姉上と交流のある人間も多い。姉は叔母上と仲がいいからな」

「そう、なんですか?」


 意外に思った気持ちが出てしまったのだろう。侯爵の唇が皮肉気にゆがむ。緩んだはずの不機嫌な気配が一瞬で戻った。


「本当に、いろいろと調べてくれたようだ」

「…すみません」


 アップルガース子爵夫人とロストール伯爵夫人の仲がいいと聞いてナディアが意外に思ったのは、侯爵家の不和の噂を聞いたからだ。教えてくれたのは社交好きな従兄で、ドロシーの兄でもある青年だった。

 彼は、失踪したステファンのためにナディアが侯爵家に興味を持ったことをあまりよくは思っていないようだった。いつもは陽気に輝く緑の瞳を苦く細め、女受けする甘い顔立ちを歪めてレノン侯爵家にはあまり近づかない方がいいと忠告を寄こした。


 ―――暗い噂の絶えない家で、聞く分には面白いけど関わろうって気にはならないね。秘書長官殿の悪魔と契約したって話はともかく、母親は自殺、父親は政敵に毒殺されたって話だ。彼の姉君も厄介者として年よりに差し出されてる。所詮は噂だし、力のある家だからおおっぴらに騒がれてもいないけど。

 ―――…そんなの、全然知らなかったわ。

 ―――だろうね。きみは疎いから。


 あっさりと言い放ってくれた従兄に覚えた苛立ちを飲み込んで、ナディアは話を聞きだした。

 なんでも、前レノン侯爵とその妻は政略結婚の仲で、絶望的にそりが合わなかったらしい。前当主だけでなく侯爵家の人間はみな嫁いできたその妻が嫌いで、世間的には事故死とされる彼女の死は、侯爵家の冷遇に耐えかねた自殺だったのではと言われている。

 彼女の二人の子供のうち、現レノン侯爵は侯爵家の血の証ともいえる青灰色の瞳を持って生まれたからよかった。しかし、姉のアップルガース子爵夫人は侯爵家の誰とも似ていなかったため不義の子と疑われ、母親同様冷遇されたという。身分も下で年の離れたアップルガース子爵に嫁がされたのも、その辺りが関わっているらしい。


 ―――アップルガース子爵夫人は侯爵家を憎んでいたのかしら。

 ―――さあね。僕が話したのはあくまで噂だ。

 ―――もし、彼女が侯爵家に泥をぬるためにステファンを巻き込んだなら、わたし、

 ―――あまり深読みしないほうがいい。

 

 従兄は、彼にしては珍しく強い口調でナディアの言葉を遮った。はっと顔を上げると、いつも通りのおどけた調子でからかわれる。


 ―――思いつめたらまた血を吐くか熱を出すだろう?


 面白がるような口ぶりに腹が立ったが、情報をくれたのはありがたかったから彼の好きなお茶菓子をふるまった。


(でも、聞かない方がよかったのかもしれないわ)


 少なくとも侯爵の気に障ったのは確かだ。

 ナディアだって両親や弟のことを悪く言われれば腹が立つから、不愉快に感じられても文句はいえなかった。

 広い馬車で身を小さくするナディアに、侯爵の強い視線があたる。


「叔母がクラヴィアの赤い花を嫌うのは、母がそれを好んでつけていたからだ。母は、軽率な人間だった。侯爵家にはふさわしくなく」

「…レノン侯爵?」

「真実はそこまでだ。くだらない虚構を通して我らを見るな」


 低く、静かに告げられた言葉に、ナディアは烈火のような激しさを見た。

 

「すみませんでした。わたしが軽率でした」


 本心から謝罪の言葉がするりとこぼれた。

 噂を聞き、無意識のうちに信じて色眼鏡をかけた自分が情けなかった。


「…夜会に行けば、嫌でも噂が聞ける。行きの道中くらいは控えろ」


 溜息のように吐き出された言葉で、ナディアは侯爵の不機嫌の理由を何となく悟った。悪意を織り交ぜた社交界の噂を、彼は嫌悪しているのだろう。それらを有名税と片付けてしまえない潔癖さを、この美しい青年は抱えてしまっているのかもしれなかった。

不定期に書いているので、話のテイストがよくぶれます。すみません。

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