弟の回想
感想、ご指摘をくださった方、ありがとうございます。
大した知識もないまま書いています。今後もおかしい個所がありましたら教えていただければ幸いです。
―――あなたは少し怖がりね、アル。
姉の口からこぼれた言葉は彼にとって思いがけないものだった。おそらく、彼の他に聞く者があったとしても違和感を覚えたはずだ。
違う、ととっさに反発したが、すぐに、子供のような口を利いてしまったと苦い思いを噛んだ。
姉は温かい、そのくせどこか困ったような笑みを浮かべている。
―――人を怖がって、遠ざけているわ。皆がお母様と同じではないのに。
今度はなにも返さずにいられた。
姉も何もいわなかった。
(あれはいつのことだったか)
ベルモント女男爵の辞した書斎で、アルベルトは姉の幻を見ていた。
―――あの人と結婚したことを、私、後悔してはいないの。
押し殺すように告げられた日は、よく覚えている。
母が死んだ冬のことだ。
母が亡くなると知れる前から姉は喪服だった。同じ年の夏に、彼女は夫を亡くしていたから。
政略結婚だった。
領土内で不穏な動きがあった。牽制と歩み寄りの手として、姉は首謀者格の老人に差し出された。
姉が花嫁衣装で教会に行った朝、未亡人となった夏の日、そしてこの時も、自分は姉にかける言葉を持たなかった。
(姉上)
優しすぎるその気性で、降りかかる何もかもを受け入れていた。彼の眼にそれは、すべてを諦めているようにも見えた。
憐れだと思ったが、一回り近く年の違う自分に姉を救うすべはない。それは、侯爵位を継ぎ、王宮でも盤石の地位を得たと目される今も同じであった。
姉がレノン侯爵家の女であり、彼がレノン侯爵である以上、自分達に純粋な情だけで動くことは許されていない。
―――許してくださいとは申しません。これは、わたくしの生涯で初めての、そして最後の我がままです。
一週間前姿を消した姉からの手紙にあった言葉を思い出す。
温かい、どこか困ったような頬笑みで運命のすべてを許容してきた姉に似合わない、強い言葉。
相手の名前はなかった。ただ、予感があった。
(ベルモント男爵家…)
姉が、男爵家の少年と頻繁に会っていたことは知っている。
アルベルトはそれを罪悪感故の行動と取っていた。
…償わなければと口に出して言ったのは彼女だけだったから。
「侯爵家の者である責任感が、罪の意識が、恋に変わることなどあるのですか、姉上」
呟きに答えてくれるものはいない。
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