侯爵と対面2
幻聴が聞こえた。
あるいは、聞き間違い。
(え、だってそれ、私の台詞)
聞きたかった言葉を、聞きたかった相手から言われた。
(しかも小娘って、仮にも男爵位を名乗って面会に来た人間にさすがにそれは失礼すぎるというか、敵意があからさま過ぎるというか…)
動揺して、ナディアはレノン侯爵と見つめあった。
す、と侯爵の柳眉が寄る。低い声がさらにその温度をさげて、同じ言葉を繰り返した。
「小娘、姉をどこに隠した」
「…存じ上げません。貴方こそ、うちの大切な弟をどこへやったんですか?」
遠回しに、丁寧に、真綿にくるんできっちり梱包したうえで言うはずの台詞だったのに、つい直球で投げ返してしまう。
レノン侯爵の眉間にくっきりと縦じわが寄った。
悪人面と美形、凄まれてより恐ろしいのはどちらだろう。とりあえず、レノン侯爵の不機嫌な顔はものすごく怖かった。
人々が彼に近づこうとしないのにも頷ける。
この迫力は無理だ。ぜひ遠慮したい。この美貌にこの視線で見下ろされたら確かに子供も泣かなくなるだろう。
(でも、この人はステフを探すためには避けて通れない大事な“手掛かりその一”よ。言ってることからするとレノン侯爵も未亡人の行方を捜しているみたいだけど、そういう“フリ”をしているだけかもしれないし)
勇気を振り絞ってナディアはキッと顎を上げた。
「わ、私は数日前から行方の知れない弟のことを案じています。今回先触れもなくこちらをお訪ね申し上げたのも、弟の居所を探すためです。レノン侯爵閣下、ベルモント男爵家のステファン・チャールズについて、お心当たりはございませんか?」
声が震えたのは御愛嬌だ。
がっちり見つめる先で、レノン侯爵が目を細めた。薄い唇の端を持ち上げ、端麗な美貌を笑みに歪める。
凄まれている、とナディアは感じた。猛烈に嫌な予感がする。
「ベルモント男爵家の小僧か。面識はないが、関心なら大いにあるな。一週間前、姉を攫った賊の候補に挙がっている。…お前が来たということは、そのガキが人攫いで間違いないらしい」
予感的中。
彼の言い分を理解して、ナディアは一気に青ざめた。
つまり侯爵は、二人の駆け落ちを“ステファンが未亡人を攫った”と曲解することでステファンを一方的な加害者にして醜聞を避ける算段らしい。
(外道!そんな話が広まったらベルモント男爵家もステファンもお終いじゃない。ステファンは騙されて遊ばれてるだけかもしれないのに)
例え真実がどうであれ、ベルモント男爵家の跡継ぎが貴婦人を誘拐した、とレノン侯爵が言えば世間は肯く。自分の発言にノーと言わせないだけの権力が彼にはあるのだ。
“手掛かりその一”なんて甘いものじゃない。最初に訪れた男は強大な敵だった。駆け落ちの醜聞なんて比ではなくステファンとベルモント男爵家の将来を危うい。
彼が会った瞬間から敵意全開なのも頷ける。
本気か芝居かは分からないが、レノン侯爵はステファンを誘拐犯にすることで自分たちだけ醜聞を逃れる気なのだから。
(お父様、お母様、ナディアはいよいよあなた方に顔向けできないかもしれません…)
ここで選ぶ言葉を間違うわけにはいかない。
ナディアは必死に脳味噌を稼働した。
「し、証拠はあるんですか?」
「…証拠だと?」
「ステファンがアップルガース子爵未亡人を攫ったという証拠です。可能性だけを言うなら弟が貴方のお姉様に攫われたということもあり得ますから」
侯爵は一瞬目を開き、めずらしいものでも見るような視線をナディアに向けてくる。
ひるむな、とナディアは眉間に力を入れた。
「公正であるべき王宮秘書長官様が私情で噂をまくような真似はなさいませんね?」