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侯爵と対面

 レノン侯爵アルベルト・ウィンストンは、アップルガース子爵未亡人の一回り離れた弟であり、血のつながった唯一の身内でもある青年だ。

 姉弟仲が特別によいという話は聞かないが、それは彼に関する噂が社交界にありすぎるからで、彼の家族まで話題が及ばないだけという可能性が考えられよう。

 この世にたった二人の家族。そのかけがえのなさは同じ境遇にあるナディアがよく知っていた。


(姉に頼まれてつい手を貸した、とかなのかもしれないわ。醜聞でしかない恋愛だけど、“あの”レノン侯爵なら手助けすることもあり得そうだし)


 レノン侯爵の話題は社交界で都市伝説のような扱いで語られる。

 曰く、大臣を呪って殺しただとか、屋敷に死体を集めているとか。魔術で王家の弱みを握って王太子を脅しているだとか、彼に睨まれて子供が泣かなくなったとか。

 最後の一つはむしろ感謝されそうだが、そんな噂ばかりが聞こえるせいで彼に対する人々の心象はよろしくない。

 王太子殿下のご学友という名誉な肩書を持ち、その優秀さから若くして王宮秘書長官の地位まで賜っているのに、彼の周りには滅多に人がいなかった。

 権力に貪欲な貴族たちもさすがに命は惜しいようで、彼にはすり寄ろうとしないのだ。正確には遠巻きにしている。もちろん、縁談なんてものはない。


(もったいないわ。ものすごく綺麗な方なのに)


 ナディアが彼を見たのは、死んだ父に代わって爵位を継ぐため王宮に出向いた一度だけだが、鮮烈に記憶に焼き付いている。人でない、と言われてもつい肯いてしまうような、むしろ人でないと言われた方が納得できるような美貌だった。

 

「旦那様がお会いすると申されました。どうぞこちらへいらしてください」


 思い返してぼんやりしていたナディアに、いつの間にか歩み寄った巨漢の家令が丁寧に告げてくる。意識を記憶に傾けていた分驚いて飛び上がりそうになった己を何とか殺して、ナディアは家令の後を歩いた。

 ようやく会える、と言うべきか、もう会える、と言うべきか。レノン侯爵が主に住まいとしている屋敷で、彼女は二時間待っていた。

 なんの申し出もなくやってきたのだから、待たされるのは予想の範囲内である。多忙な侯爵様のこと、一日待つことも半分覚悟していたので、やはり“もう”と取るべきなのだろう。

 

(さすが侯爵、調度品の格が違うわ)


 廊下を歩きながら、ナディアは感嘆の息をついた。ベルモント男爵家には到底置けないような高価な家具たちが、絶妙な配置で飾られている。

 ざっと見た感じ死体はないようだから、彼に関する噂の一つは嘘だったと言うことになる。


「ベルモント女男爵をお連れしました」


 二階の一番奥の扉の前で、巨漢の家令が控えめな声で告げた。取っ手を掴む腕が震えている。

 家令などより傭兵のほうが似合いそうな見た目の男だが、やはりレノン侯爵は怖いのだろうか。というか、家令がそんなので大丈夫なのか。

 主人が使用人になめられるなど論外だが、あまり畏れられるのでも大変そうだとナディアは思う。

 つい心配になって家令を見つめた彼女の耳に、入れ、と短い声が聞こえた。


「どうぞ、男爵」


 巨漢の家令が扉を引く。

 ナディアを入れただけですぐに閉めてしまったところをみると、いよいよレノン侯爵が恐ろしい様子だ。


(ここの家、本当に大丈夫なのかしら)


 仮にも屋敷を管理する長が、家主怖さにろくに客をもてなすこともしないだなんて。

 コツ、と注意を引くような音がして、ナディアは扉から目を放した。要らぬおせっかいを心から追い出し、慌てて、しかし優雅に見える姿勢を保って振り返る。

 二年前、王宮で高みに見たきりの男が、すぐ目の前に座っていた。


(分かってたけどものすごい美男子)


 夜の闇で染めたような深みのある黒色の髪、鼻筋が中心を通った端麗な顔立ち。青灰色の瞳は冬の空を切り取ったみたいに凍りついてナディアを射ぬく。


「単刀直入に聞く」


 半ば茫然と見つめるナディアに、レノン侯爵は冷ややかな声で切り出した。


「姉をどこに隠した、小娘」

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