11 別れ
クロアたちが転送されたのは、神域と呼ばれるステージである。空は黒雲に包まれていて、禍々しい空気漂わせている。辺りには何世紀か前に建てられた神殿があり、所々が崩れていている。
クロアが思うには、ここは神話をモチーフにしたようなところなのだろう。まさに、神獣との決戦に相応しい場所だ。
「なんだか、幻想的なところですね」クロアが師匠に問いかけた。
「ああ、そうだな。だが、緊張の糸は切らすんじゃねえぞ!」
「わかっています」とだけクロアが答えたが、心なしか師匠の表情には余裕がなかったような気がした。
それにしても、神獣はどこにいるのだろうか、などと思った次の瞬間!
身体全身が、今まで感じたことの無いような重圧に襲われた。それと同時に、目の前の空間は歪み、何も無いところに亀裂が走る。
そこから現れたのはキマイラだった。大きさは10メートルほどあり、全身に漆黒のオーラを身にまとっている。また、その強靭な4本の足は地面を取られており、背中から伸びるツバサは空いっぱいに広げられている。その姿はこの世の絶望を表現するようだった。
キマイラは、けたたましい叫び声を響かせる。頭が張り裂けそうだ。
そんな中、数人の戦士たちが無謀にも飛び出していった。
「うおぉーー!」
「バカ!無意味に飛び出すんじゃねぇ」
だが、その言葉は彼らに届くことは無かった。彼らは一斉にキマイラに向かって切りかかった。彼らの攻撃は漆黒のオーラによって阻まれそして、キマイラの反撃を食らった。ある者はキマイラのツバサから放たれた光弾によって、ある者は口から放たれた火球によって、またある者は強靭な足の下敷きとなり、そして皆、光の粒となってこの場から消えた。
キマイラは次は誰だと言わんばかりに声を轟かせている。
「だから、言ったのに」円卓の騎士のメンバーがつぶやいた。
「だが、彼らのお陰で奴の行動が少なからず理解することができた。紅羽今回はお前たちの援護が必要そうだな」そういったのは、円卓の騎士のリーダー、キングの称号をもつものだった。
「そのようだな、あいつを倒すのは骨が折れそうだ。そんで、俺らは何をすればいい?」
「そうだな、まずはあの厄介なツバサを落とす。おそらくあのツバサがあのオーラの元凶だろう。俺たちは奴に隙を作る。その間に紅羽とクロアでツバサを打ち抜いてくれ」
「わかった。だが、しっかり足止めしておけよ」
「まかせておきな」キマイラに向かってかけていった。
「クロア、俺は奴にウィークポイントを打ち込む。そこを正確に打ち抜いてくれ」
「でも、射撃の精密性なら師匠の方が高いですよ。なのに、なぜ俺が撃つんですか?」
「確かにまだ、俺のほうが精密性が高い。だが、火力が足りない。あいつの隙をついて撃つには一撃で決めるしかない」
「でも、俺が撃ってもしはずれたら……」
「心配するな、自分に自身がなきゃこの先生きていけないぜ。それに俺はクロアのこと信用してんだからな」
そういうと、師匠は両手に持った魔銃をキマイラに向け、引き金を引いた。師匠の弾丸はキマイラの少し手前で止まり、ウィークポイントが表示される。
「ノア、憑依してくれ」その一言でクロアの腕輪は光そして、クロアの眼の色が変わった。ノアの能力は憑依した者の視力や聴力といった感覚的能力を飛躍的に上昇させる。ただ、このときのクロアはまだ、30秒ほどしか憑依させることはできない。
クロアは目の前に銃を据え置き、射撃の体勢へと入った。
心臓の鼓動が早くなる。様々な感情が巡る。
クロアはその巡る気持ちを押さえ込み、そして……トリガーを引いた。
弾丸は音速を超えるスピードでウィークポイントめがけて飛んでく。そして、みごと、ツバサを打ち抜いた。
キマイラの片翼は地面へと落ち、その傷口から漆黒の霧が立ち込める。
それと同時に、キマイラの動きがとまった。
「やったじゃねえか!クロアよく打ち抜いたな」
「や、やったー」
「あいつやるじゃねーか。さすが紅羽の弟子だな」キングはそんなことをつぶやいていた。
「これで、キマイラも少しは弱体化するだろう……うん?ちょっとまて、なぜあいつは攻撃を受けてから動かないんだ。それに、打ち落とした羽も光の粒とならずになぜその場に残っている?」
「ま、まさか……」
「みんな!やつから離れろ!」その一言で、円卓の騎士はキマイラから距離をとった。
その瞬間、落ちた片翼のツバサは黒い光の粒に変わり、キマイラを包みこんだ。
「ナイト、クロアに最大級の攻撃用防衛魔法をかけろ。はやく」キングは声を荒らげながら命令した。
ナイトはその様子に驚きながらもクロアに魔法をかけるため詠唱に入る。
クロアは白い光のペールに包まれると同時にキマイラから漆黒の光弾が放たれた。
詠唱された防衛魔法も虚しく貫かれた。
「遅かったか」
その時、クロアの視界が暗くなり、音も無くなった。そういまの一撃で五感が消滅したのだ。
「おい、あれはどういうことだよ」紅羽がキングに向かって怒鳴りつけた。
「奴は、ツバサをえさにして俺たちに鎌をかけたんだ。おそらく、一番の突破口になるクロアをつぶすために。あの攻撃はおそらく呪い系魔弾だ。当たったものの神経を侵食するタイプだ」
「おい、それじゃあ……」
「ああ、クロアはおそらくまともに戦うどころかここのままだと確実に死ぬ」
紅羽の顔が真っ青になった
「そんなことさせっかよ」そういうと、紅羽はキマイラに向かって特攻をかけた
「おい、まてお前一人で行っても勝てない」だが、そんな言葉は彼女には届いていなかった。
彼女はキマイラとの距離を縮める。途中キマイラから放たれた弾丸が体を何発かが身体を貫いたがそんなのは知ったことではない。彼女は走った。己の出せる力を出し切って。
「まだ、間に合う。侵食される前に奴をたおすことができれば……」
キマイラとの距離が縮みきるときには、彼女はもうボロボロだった。撃ち抜かれた箇所は痛々しくえぐれ、全身は傷だらけ、もはや、立ち上がるのがやっとの状態だった。
しかし、彼女は地面を蹴り上げキマイラに魔銃の照準を定める。
「なあ、神様がいるというならお願いだ。俺の命を引き換えにあいつを倒す力をくれよ。俺の弟子を守るためなんだからよ」そうつぶやくと、彼女に存在する魔力をすべてこの一撃に詰め込んだ。
キマイラは生物の直感的に死の危機を感じたのか、再度彼女に光弾を浴びせた。しかし、彼女は微動だにしない。
「そんなのきくかよ、弟子を守ってやれない師匠なんて師匠失格だぜ!」そういうと、彼女は引き金を引いた。
あたりは光に包まれそれと同時に、すさまじい爆風が吹いた。その爆風は黒い雲ごと振り払った。
その時、音が聞こえないはずのクロアに声が聞こえた。
「なあクロア、本当に守りたいものがあれば全力で守るんだ。それと人間は、1人じゃ決して生きていくことはできないだから、いいパートナーをみつけなよ」
あたりの視界が回復するとそこにキマイラの姿は無かった。彼女もまた、その場にはいなかった。
残っていたのは彼女の、紅羽の愛用の魔銃だけだった。
――ミッション・コンプリート