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白花の笛  作者: 薄桜
弘敦の章
6/11

伍.執着ゆえに

朝霧(あさぎり)様、こちらにひよどりはおりますか? あ、あの、弘敦(ひろあつ)様!?」

案内してくれた女房をどけて、(ひさし)にずかずかと入り込むと、

朝霧(あさぎり)殿、そこにひよどりという女童(めのわらわ)はおりますか?」

そう自分で聞いた。

今は、ゆるりとした女のやり取りを待つのが我慢ならなかった。

「・・・は、はい、おりますが・・・。」

そうか細い声の返事を聞くと、

「そうですか、それでは失礼します。」

心にも無い言葉を言うだけ言って、乱暴に几帳(きちょう)をどけると双六をしていた女が一人と、女童(めのわらわ)が一人、そして案内してきた女房が悲鳴を上げた。

分かっている・・・非常識な行為である事は重々承知している。しかし、実際に目にしなければ、あの笛の女童(めのわらわ)がひよどりであるかの確認は出来ないだろう?

薄花桜の小袿(こうちき)を着た女は慌てて袖で顔を隠し・・・これは朝霧(あさぎり)だな、いつのまにやら成人していたらしい。

そしてもう一人の女童(めのわらわ)は、(さい)を手にしたまま驚いた顔をこちらに向けた。

「お前がひよどりか?」

振分髪で、おそらく朝霧(あさぎり)のお古であろう蘇芳の(あこめ)を着て、今は貴族の娘のような姿をしているが、この顔は間違いない。

無言でこくこくと首を縦に振り、驚きの顔は次第に恐怖の色に変化していった。

「笛もお前だな? 雪柳の咲く社で笛を吹いていたのはお前なのだろう?」

ひよどりは顔を強張らせたまま再び首を縦に振り、肩から髪が流れた。

「ならば・・・笛を聞かせてくれないか? またあの音を聞きたい。」

何故俺はこんな女童(めのわらわ)に懇願しているのか? 内側にいる自分が問う。しかし自身は、

「頼む。」

と口走り、頭を下げた。

「あ、あの・・・えと、あたしはそんな・・・。」

大いに困り、弱り果てた様子で、胸の前を動き回る手を捕らえようとした所で、邪魔が入った。


「何やら所縁(ゆかり)がおありのようですが、そこまでにして頂けますか?」

穏やかな物言いながらも、有無を言わせぬ何かを秘めた声の主は、俺の伯母上の友であり、几帳(きちょう)の影に隠れようとしている朝霧(あさぎり)の叔母である白蓮(びゃくれん)だ。

騒ぎを聞きつけ急いで参られたのだろう、(ひさし)の間を仕切る障子から薄鈍(うすにび)(きぬ)に袈裟を掛け、顔を扇で隠して現れた。

朝霧(あさぎり)はこの隙に几帳(きちょう)を飛び出し、白蓮(びゃくれん)の後ろに隠れてしがみつく。

「大丈夫ですよ。今は無礼な行いをされましたが、悪い方ではありませんよ。ねぇ、弘敦(ひろあつ)様?」

捕らえ損ねたひよどりをもう一度見た。白蓮(びゃくれん)の声に救われたような顔をしつつも、俺に対して明らかな警戒心を示している。

「・・・すまない。」

溜息を一つ吐いて、ひよどりに詫びた。

笛が聞きたかっただけで、こんなに怖がらせるつもりがあった訳ではない。

立ち上がってきちんと几帳(きちょう)を直し、少し退いた場所に床に座して、改めて詫びた。

「失礼致しました。捜し求めていた笛の主を見つけたと思い、心乱しました。」

「ひよどりですか?」

「はい。」

「確かに・・・この子の笛は見事ですものね。」

「はい、そう思いました。」

素直に答えると不意に空気が緩んだ。白蓮(びゃくれん)の静かな怒りと、その場にいる女達の息を飲むような緊張感とでぎしぎししていた空気が、白蓮(びゃくれん)の漏らした笑うような声で一変した。

「ひよどりの笛は本物ですね、都の名士まで狂わせるのですから。・・・分かりました。皆が落ち着いてからまた改めて場を設けましょう。それでよろしいですね?」

無論、異論があろう筈も無い。

「はい、ありがとうございます。」

「では後ほど。ひよどりもこちらへいらっしゃい。」

「あ、はいっ。」

俺は頭を下げたまま、交わされる会話と、衣擦れの音が遠ざかるのを聞いた。

「ひよどりの笛はすごいわね、また後で聞かせてちょうだいね。」

「はい、白蓮(びゃくれん)様。」


その声が聞こえなくなり、しばらくして身を起こすと几帳(きちょう)を眺めた。

ひよどりのいた場所だ。

痩せぎすながらも黒い髪はつややかで、慌てた声は、まだ幼さが残るものの耳触りがよかった。外で見た時と着る物が変わっただけで、貴族の娘で通るほどの姿に見えた。


そして、息を吐いて目を閉じ、あの笛の音を思い起こした。

・・・おかしいな、まるで恋焦がれてでもいるかのように心が弾む。


しかしその物思いは、おずおずと声をかけてきた年増の女房によって乱された。

「あのー、木槿(むくげ)様がお呼びでこざいます。」

・・・もう一度、怒られねばならないらしい。

(用語解説)


(ひさし)

 今のように軒下じゃなくて、れっきとした部屋。しかし、主人の部屋である中心部分をくるっと囲むような形にあります。そこを細かに仕切って部屋として住み込みの女房なんかが暮らしてたらしいです。


几帳(きちょう)

 カーテンみたいなものです。しかしこれはそう簡単に剥ぐってはいけない代物で、戸を開けて部屋の中に入るのは自由でも、几帳の先には入れません。それがルールだったのです。


・双六

 今の双六は江戸時代からの物で、それ以前はバックギャモンのようなゲームで、賭博に利用して禁止令が出るほど流行したらしいです。

興味のある方は、調べてみて下さい。遊び方のルールを紹介しているサイトもありました。


・振分髪

 男児・女児のがしていた髪型です。 肩くらいまでで切り揃え、ざっくりと真ん中分けで垂らします。


(あこめ)

 下着である単と、袿なんかの間に着る着物だそうですが、小さい女の子の普段着もこれだったそうです。


・障子

 この当時は今のような木枠の格子に紙を貼った物ではなく、(ふすま)の事です。


薄鈍(うすにび)

 鈍色は灰色で、薄なのでもっと薄いの。忌み色とされ喪中とか、僧籍にある人が身に着ける色で、普通は着ません。

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