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白花の笛  作者: 薄桜
弘敦の章
5/11

肆.思いがけぬ期待

「八重の桜は儚さが足りないと思わないか?」

いかにも派手好みの伯母上らしい趣味だ。

整えられた庭園のあちこちに八重のぼてっとした薄紅色の低い木が植わっている。

「俺は山桜の方が好きだ。特に大木の桜は見事で、濃い目の色なら尚良しだ。」


伯母上の屋敷着き、馬は(うまや)の者に任せ、荷はここの女房に引き渡した。

俺は伯母上の許に案内されて簀子(すのこ)を歩き、庭に植えられた里桜に目を向けながら愚痴をこぼした。

しかし、

「私は八重も一重もどちらも好きですよ。」

前を行く年増の女房は、そう笑う。

「桜を見れば、春もたけなわの気がしますわね。梅も終わり、次の色に目を楽しませる事が出来れば・・・私はどちらでも構いません。」

「花は時とともに移ろい、いずれ散る。その花弁(はなびら)が舞う様子も美しいだろう? だが、八重だと派手過ぎて情緒に欠ける。それに大き過ぎて、椿のようにそのまま花ごと落ちてしまいそうな気がする。」

「それは花の事ですか? それとも女の事ですか?」

再び女房は笑った。袖で口元を隠しているが、それ故ににやにやとした目が目立つ。少々下卑(げび)た笑いだ。

「・・・花だ。」

「そうですか。」

伯母上と変わらぬ年頃の女房は、相変わらず口元を隠したまま、くすくすと声を立てずに笑う。どうして年の入った女はこういう話が好きなのか・・・

俺はもうこれ以上、この女房と口を開く気になれなかった。

この様子では、もう何を言っても男と女の話に持って行かれてしまいそうだ。

話をしながら赤味を帯びた左の頬を、ちらちら見てくるのも気に入らない。

意味ありげにこちらを窺う女房を完全に無視し、時折庭の花に目を向けながら、無言で伯母上の許に向かった。



弘敦(ひろあつ)殿ありがとうございます。皆それぞれ立派な品で嬉しゅうございます。」

ふわりと漂う香りの中で、御簾の向こうの伯母上は立て板に水とばかりにつらつらと礼を述べた。

当たり前だ、本当に良い物ばかりを運んできたんだ。

「それは何よりです。遥々(はるばる)こちらまで出向いた甲斐がありました。」

「いえいえ、心にも無い事言う必要はありませんよ。」

くそっ、御簾の向こうの人物はいつも一言多く・・・はっきり言って苛つく。

「ところでその頬はどうされました? どこぞの女と痴話喧嘩でも?」

この笑う声も気に障る。

「・・・違います。茂みの枝が弾きました。」

「妙な所に入り込んだものですね、何かありましたか?」

「・・・別に、伯母上に申し上げるような事ではございません。お気になさらないで下さい。そんな事より伯母上、この度届けた絹なら、さぞかし立派な(きぬ)になるでしょうね。」

御簾から覗く伯母上の小袿(こうちき)も見事だ。悔しいが薄桜萌黄の(かさね)の色目もいい。

「そうね、仕事の速い人に任せておいたから、私も着せるのが楽しみだわ。」

そう言って、ころころと笑う声が響く。この人には嫌味も通じないのか?

「・・・って、着せる?」

「えぇ、ある人に贈ろうと思いましてね。まさか、私のを仕立てると思いましたか?」

「それはまぁ、そう思うのが普通でしょう? ・・・では、朝霧(あさぎり)にでも?」

そろそろ成人、裳着・・・いや、ここで盛大な事をやるとは思えないので、鬢削(びんそ)ぎか?

勝手にそう考えていたが、それはあっさりと否定された。

「いいえ、最近面白い子を見つけましてね。」

伯母上は、本当に楽しそうな声で、驚くべき事実を語り始めた。

「近くに住むひよどりという女童(めのわらわ)なのだけれど、物覚えが早くて。これまで字も知らなかったのに、あっという間に覚えてしまうし、歌や物語を読み聞かせれば可愛らしい顔をして興味を示してくれて・・・もう、粗末な格好をさせておくのが申し訳なくなりましてね、このままここで預かってしまおうかしらなんて思っておりますのよ。」

・・・以前から酔狂な人だとは思っていた。だがさすがにこれほどとは思ってもいなかった。

では、俺はその下賤の女童(めのわらわ)のために、高価な品を用意して、しかも自らわざわざ運んできたというのか?

瞬間的に腹の底が沸いて、何か一言でも文句を言ってやろうとした時、続いた言葉に怒りが消えた。

「えぇ、それにね笛が見事なの。」

そして、息を呑んだ。

「・・・笛ですか? もしかして、10かそこらの女童(めのわらわ)で?」

思いもかけぬ期待に、胸が跳ねた。

もう会えないと思っていた。もしかして・・・俺は本当に今日は運が良いのかもしれない。

「あら、どうして知ってるの?」

「伯母上、是非にも会わせて下さい!」

「どうしました? 今は、朝霧(あさぎり)と一緒にいると思うのだけど・・・。」

「伯母上、失礼します。」

「あ、あら、弘敦(ひろあつ)殿?」

伯母上の不思議そうな声を置いて、控えていた側の女房に頼み朝霧(あさぎり)・・・いや、ひよどりの所に案内を頼んだ。


(用語解説)


・女房

 住み込みで働く女性。当然下働きの下女ではなく、貴族出の方々。需要がある一方で、働く女性を倦厭する考え方もあったらしいです。女が外で働き、多くの人に姿を見られるのは、はしたないといった感じだったようです。


簀子(すのこ)

 外に面した縁側というか、廊下みたいな場所です。平安扱った作品思い出して頂けるといいのですが、庭に面した廊下を歩いてたり、花を見ながら楽器を演奏してたりするのがここです。簀子とは元々は木材の形状をさすもので、それを使って張った床なのでそう呼んだそうです。


・ふわりと漂う香りの中で

 アロマオイル焚いてる感じですね。そらたきものと言ったそうです。本当は香の名前も出したかったのですが、見てた資料に春の香が「紅梅」しかなかったので、パスしました。


御簾(みす)

 高貴な方々、また女性の姿をみだりに見せないために使われたすだれです。この隙間から着物を見せるのが風流だったりしたようです。


小袿(こうちき)

 女性の正装ではなく普段着を指します。(うちき)だと準正装になります。


(かさね)の色目

 この当時、衣を複数重ねて着ますが(今より生地が薄い)その際の色の合わせ方。この時代、今異常にお洒落に力を入れてます。色にも名前がありますが、(かさね)にもそれぞれ名前があります。そして季節によってその色も違います。


鬢削(びんそ)

 女の子の成人は裳着が有名ですが、それはお金持ちの娘さんだけです。盛大に行われたようです。ではそうじゃない者はどうなのか? それが鬢削(びんそ)ぎです。髪を大人仕様にカットするだけみたいです。

元服や裳着の成人の儀は、12~16歳で行われる事が多かったようです。

年齢のついでに、それぞれの誕生日で年が増えるのではなく、正月に一斉に1つ年を取ります。

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