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白花の笛  作者: 薄桜
弘敦の章
4/11

参.待ち人

行きとは逆に、歩くに易い山を過ぎると、当然のように最初に飛び込んだ茂みに難儀した。

乾いた枝はいちいち衣に引っ掛かり、おまけに顔や手にも時折(かす)め、肌に記されたいくつかの赤い線は、少々痒いが下手に触ると化膿する・・・と頭で分かっているので、余計に腹が立つ。

そして、正しい場所に戻れているのかどうかも実は怪しい。

勢いで飛び出して、笛の主の姿を見る事は叶ったが、見事に逃げられてしまった事を思えば、今これだけの苦労をしている事に見合う内容だったかと、頭の中で(はかり)にかけて、まぁとんとんかなと納得し怒りを収めた。

方向さえ合っていれば、道の何処かには出て・・・後は何とかなるだろう。

とりあえずそう考える事にして、その後は女童(めのわらわ)の事に頭を廻らせた。


あんなに細くて貧相だというのに、見とれてしまったのは何故(なにゆえ)か?

やはりあの見事な笛か? そして美しく散る白い花か・・・。

しかし惜しい、何故に女か。

まったく、男であればあれほどの笛、誰かが後ろ盾に付けば・・・何なら俺でも良い、

そうすれば良い楽師として、名を馳せる事も出来ただろうに。


しかし、そうやって考え事をしながら茂みを分けて進んだのが悪かった。

取りこぼした枝がしなり、己の横っ面めがけて思いっきり弾いてきた。



馬の軽い(いなな)きが聞こえ、茂みの向こうにきょろきょろしながら座っている達実(たつみ)の背中が見えた。これは相当に運が良いようだ。しかし、音を立てて茂みを抜け切ると達実(たつみ)にいきなり怒鳴られた。

弘敦(ひろあつ)様! 勝手に何処かに行かないで下さい!!」

しかし、そう言った後は顔を背けて笑いを堪えている。

・・・まったく、不敬な従者だ。

「勝手じゃない。笛の音を奏でている者を知りたいと言い置いて行っただろう?」

不機嫌に返事をしながら、(きぬ)についた枯れ葉や埃を払い、歪んだ烏帽子(えぼし)も直した。

しかしながら、細かについた掠り傷や、ほんのり熱を帯びた左の頬は如何ともしがたく思っていると、達実(たつみ)は不意に立ち上がり。

「すぐそこに小川があります。まずは冷やして頂きましょうか。」

と、手ぬぐいを渡してきた。


わざわざ場所を説明をされずとも、道に沿って流れている小川に向かい、傷のついた手を手を浸けると冷やりとして心地良い。そしてそのまま手と顔を洗い、手ぬぐいで(ぬぐ)った。

それから改めて手ぬぐいを水に浸し軽く絞って左の頬に当てると、熱や痒みが幾分和らいだような気がした。


「ご無事で何よりですが、一方的に言い捨てて行かれただけですよ。太刀も()かずにふらふらとして・・・何かあったらどうする気ですか? 私は私で馬をそのままにしておく訳にもいかず、ずっと苛々して待っていたんですよ?」

達実(たつみ)の元に戻ると、すぐさま説教が始まった。

頬を冷やしつつ馬を見やれば、腹帯を緩められて暢気そうに草を()み、時折耳をひくひくと動かしていた。

「まぁ、馬には良い休憩になったろう?」

「もちろんそこの小川で水も飲ませました。弘敦(ひろあつ)様の頬を冷やすためだけの小川ではございませんからね。」

・・・しつこいな。

「でも、もう少し行けば槿木(むくげ)様の庵ですよ。こんな半端な場所で休ませずとも、今頃はしっかりと休んでいた頃でしたでしょう。弘敦(ひろあつ)様が茂みなんかに飛び込んで行かれなかった場合の事ですけれどね。ご理解頂けますでしょうか?」

「棘があるな・・・。」

「当然です。とても高価な物を積んでるのですから・・・野盗がいつ出たっておかしくないんですよ?」

もし野盗が側にいて、今の話を聞いて襲ってきたとしたら。その場合達実(たつみ)が呼び寄せた事になるだろう。

だがしかし一理ある。・・・いずれにせよ、長居は無用という事か。

達実(たつみ)には一切返事をせず、濡れた手ぬぐいを馬の鞍の上に置き、もう少し我慢してくれよ? と、青星(あおぼし)青鹿毛(あおかげ)で額と右前足に白い班のある馬なので、そう名付けられた-の首を撫でて(ねぎら)い、腹帯を締め直した。

「わざわざ野党を呼ぶような真似をするな。」

木に結われた手綱を解きながら釘を刺し、馬上の人になると後ろも見ずに馬を歩ませた。

「あぁっ、弘敦(ひろあつ)様! 待ってください。」

「騒ぐな、馬が怯える。」

馬が大きな音を嫌う事を、知らぬ訳でもあるまいに・・・どうも達実(たつみ)は詰めが甘く、落ち着きが無い。

何事か愚痴を言っていた達実(たつみ)は、「さぁ、行け。」と、馬に蹴りを食らわして、馬は抗議の(いなな)きを上げてから前に進みはじめた。


・・・馬に当たるとは、まったく達実(たつみ)は酷い奴だな。

(用語解説)


烏帽子(えぼし)

 平安時代の男被ってる帽子みたいなやつですね。これは人前で必ず被るもので、被ってないのは裸でいるような感覚だそうです。結った髪に紐で結び付けて固定するらしいです。現代の神楽の楽用の烏帽子は、被るだけだったのにな。


・野盗

 これもいっぱいいたみたいですね、強盗、追いはぎとか普通に。何せ治安は良くないですから。ちなみに、強姦して女の着物まで奪うと酷い奴で、そのままだと良い人だそうです。意味不明ですよ?


青鹿毛(あおかげ)の馬

 毛の色での分け方です。きっと私より競馬好きの方の方が詳しい。昔お世話になった「ブルースター」って馬をモデルにしてみただけです。馬肉寸前に1万円で引き取られた乗馬用の馬です。額に白い班がありまして、それを星と言うそうです。


えーと、現在の馬装なら結構良く知ってるんですけど、昔のはよく解んないです。

一応資料は見たんですけど、拍車って明治時代に西洋から入った物らしいので、馬走らせる時は蹴らないのかな・・・膝で締めて走らせるように調教されてたのかな?

あの(あぶみ)でどうやって蹴るんだ?

・・・と、私は混乱しております。

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