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白花の笛  作者: 薄桜
弘敦の章
2/11

壱.笛の音

青く抜けるような空の下。日の光は暖かく、心地良い風もさやさやと頬を撫でる。

道の脇に見える木には、幼い芽が顔を覗かせ厳しい冬からの解脱を喜んでいるようだ。

あちらこちらに咲く可憐な野の花は、春の訪れを祝福してその花弁(はなびら)を揺らしている。

そして、耳を(くすぐ)る自由な鳥達のさえずり・・・。


今日は何て良い日だろう。


だが、そんな美しいもの目にしても、俺の心は一向に晴れない。

こんな日は自由に気ままに・・・そう、あの鳥達のように好きなようにしていたかった。


今の時期は愛でる花が山ほどあって、宴に事欠く事は無い。

だから、それぞれのお屋敷が、他家に負けるものかと贅を尽くして競い合う。

庭に植えた見事な桜を、見珍しく貴重な品を、そして趣向を凝らした艶やかな宴を。

・・・楽しいだろうな。

そこに参じて自慢の笛や琵琶を鳴らし、女どもを沸かせるも良し。

その場の噂で、良い女の話を仕入れる事もできただろう。

名手の舞を眺めるもよし、公達(きんだち)蹴鞠(けまり)でもいい。

いやいや、行隆(ゆきたか)を誘って、弓の稽古でも楽しかっただろう。


・・・なのに。


せっかくの宴の誘いを断って、乳兄弟(ちちきょうだい)達実(たつみ)だけを伴い馬に揺られること1日。

どうしてあんな場所に行かねばならないのか・・・

出家して木槿(むくげ)と名乗る尼になったはずの伯母上に、何故こんな贅沢な品ばかりを届けに行かなければならないのか?


2年前に夫を亡くし、先達(せんだつ)に習い出家したまでは良かったが、髪が尼そぎになった以外は何も変わらなかった。

いや、もっと(たち)が悪くなった。

都から多少離れただけの風情のある場所に庵・・・とは名ばかりの屋敷を建てさせ、そこから文一枚であらゆるものを呼び寄せる。

強気な姉に昔から頭の上がらない父は、伯母上から文が届くたびに、

「怒らせるな。」

と毎度、念を押すように言うだけ言って、自分は一切関わろうとしない。

まったく、あれが天下の左大臣だってんだから世も末だ。

姉の言いなりの男が(まつりごと)を仕切ってていいのか?

主上(おかみ)に申し訳ないと思わないか?

この国は大丈夫なのか?

既に上の兄弟二人は結構な役を頂いており・・・結局一番下の、まだそこそこの俺にその御鉢が回ってくるという訳だ。


今回届けられた文には、新たに(ひとえ)を仕立てるための絹や綾。冊子や巻子(かんす)の物語をありったけ。無ければ暇な女房に写させて必ず持ってくるように・・・って、何様だ?

後は新しい硯箱を1つ・・・との事だったが、これが世を儚んだやつの欲しがる物か?

しかし、やたらと目の肥えたうるさい伯母上の事だ。下手に粗末な品を用意して、

「これがやんごとなきお方の用意するものですか?」

と冷ややかな口調で、直接文句を言われるのは俺だ。

乳母(めのと)石蕗(つわぶき)と、その娘の山百合(やまゆり)に頼んで、それ相応の品を手配してもらった。

硯箱などは見事過ぎる蒔絵(まきえ)で、これなら文句も出まいという一品だった。


・・・くそっ俗物め。


ちなみに伯母上は、以前から仲の良かった友人、白蓮(びゃくれん)を誘い一緒に住まっている。

白蓮(びゃくれん)も似たような時期に夫を亡くし尼になった経緯の女で、そちらはまだ尼らしく簡素に質素に(つと)めている。

親を亡くしたまだ幼い薄幸の姪である朝霧(あさぎり)を引き取り、日々経を読んで暮らしている・・・正しいあり方なのだろうが、こちらも俺の性には合わない。


この世の一切の楽しみを振り切って、気の進まぬ場所に向かわねばならないこの仕打ち。道すがらの景色や風情を楽しんでも、割に合わない。

もう幾度とも知れぬ溜息を吐き・・・始めはその都度、気を紛らわせようと話を振ってきた達実(たつみ)も、それを無視するようになって久しい。


あと少し。そう、あともう少しばかり先に()けば伯母上の庵に辿り着く・・・そんな時だった。

一瞬それは風の音かとも思った。

いやいやそんなわけがない、これは笛の音だ。

しかも荒削りながら、なかなかの色を奏でている。


達実(たつみ)、ここで待ってろ。」

弘敦(ひろあつ)様、如何(いかが)なさいました?」


達実(たつみ)の声を聞きながら馬から下りて、適当な木に手綱を結ぶと耳を澄ました。


「聞こえないか?」


鳥の声や風にそよぐ木々の音とは明らかに違う、意思のある高く細い音。


「笛の音ですね?」


「これを奏でている者を知りたい。」


俺はそれだけ言うと、脇の茂みに迷いもせずに分け入った。

後ろからは俺の名を呼ぶ情けない声が聞こえはするが、そんな瑣末(さまつ)な事には一切構わず。ただ笛の音の方へと意識を向けて、耳を澄ます。


そうして音のもとへ・・・その笛を鳴らす者のもとへと、俺は何度も方向を探りながら夢中で歩を進めて行った。

弘敦は相当にやんごとないお方であります。

・・・そしてその分、我が侭です。

三男という立場から、芸事に身を入れて、

結構な名手として名を馳せております。


これはそんな主人公のお話。


時代的な考え方とか考慮して書いていく気ですので、もし差別的な表現出てきても勘弁してくださいね。(予防線)


(用語解説)


公達(きんだち)

 貴族の子弟ですね、いいとこのお坊ちゃまです。


蹴鞠(けまり)

 きっとご存知、昔の遊びです。鹿皮製の鞠を一定の高さで蹴り続け、その回数を競う競技だそうです。


乳兄弟(ちちきょうだい)

 高貴な方々は、子供に自ら乳はやりません。近く子を産んだ女を乳母(めのと)として雇います。乳兄弟はその乳母の子供で、育てる雇い主の子供と兄弟のように一緒に育ちます。


・尼そぎ

 出家した女の髪型です。この頃は剃りません。肩や背中位までで切り揃えます。

しかしこの時代、女の出家は正式には認められておらず、自己申告のなんちゃって尼僧だったりします。


・左大臣

 朝廷の最高機関、太政官の職務を統べる、まぁ政治のトップです。常にいた訳ではないらしいのですが。こういう役職の右と左は、左が上の位です。

せっかくなので(?)偉い人にしてみました。


主上(おかみ)

 天皇の事です。


(ひとえ)

 ここでは裏地のついていない、夏用の着物を指します。でも、下着も単っていいます。

・絹や綾

 反物です。


・冊子や巻子(かんす)

 冊子は綴じられた本です。巻子は巻物です。


・硯箱

 習字道具を入れる箱ではあるのですが、どうもそれだけを入れた訳では無いようです。高価な装飾が施されていて、何かを色々と入れて渡す便利アイテムだったらしいです。おまけに「硯の蓋」と言えば今で言うお盆の意味で、お菓子とか入れて主人に出したそうです。

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