表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『後方勤務の鬼 ― 在庫が合わないので戦争やめます。左遷された補給官、気づけば参謀本部』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

第五話 足りない理由

5話です。

朝は早く来る。


倉庫の扉を開けると、冷たい空気と一緒に、昨日の匂いが残っていた。

米、汗、布、そして――少しの焦り。


私は帳簿を開いた。


数字は変わっていない。

変わっていないのに、袋は減っている。


「……今日も合いませんね」


独り言だった。


倉庫長が横に立つ。


「お前、わざと止めてるんじゃないだろうな」


責める声ではない。

確認だ。


「止めたいわけではありません」


私はページをめくる。


「止まっているものを、動いているふりをさせたくないだけです」


倉庫長は何も言わなかった。



午前の列は昨日より長かった。


噂が広がっているのだろう。


“鬼が来た”

“配給が半分になった”


言葉は変形して伝わる。


私は子どもたちに声をかける。


「今日は袋を持たないで。数だけ数えて」


彼らは頷いた。


兵士の一人が聞く。


「数えて意味あるのか?」


「意味はあとで出ます」


私は答える。


今は説明しない。


説明は、形ができてからでいい。



昼前、問題の副官が現れた。


昨日の男だ。


整った軍服。

現場に似合わない靴。


「また止めてるのか」


声は穏やかだ。


だが周囲の空気が固まる。


私は帳簿から目を上げない。


「止めてはいません。減らしています」


「兵士が飢えるぞ」


「明日倒れるよりは」


副官は笑った。


その笑顔に温度はない。


「お前、正義が好きだろ」


私は首を振る。


「順番が好きなだけです」


一瞬、男の目が細くなる。


言葉の意味を測っている。



午後。


子どもたちが集めた数が揃った。


私は机に並べる。


配給予定数。

実際に並んだ人数。

袋の残量。


線が一本、浮かび上がる。


「……ここですね」


倉庫長が覗き込む。


「何がだ」


「輸送後、倉庫に入る前に減っています」


副官が鼻で笑う。


「証拠は?」


私は紙を差し出した。


「列です」


「は?」


「列が短いんです」


私は淡々と言う。


「三百人分の記録なのに、並んだのは二百七十人。

袋は二百九十。

差分が二十」


沈黙。


兵士たちがざわめく。


副官の笑みが少しだけ薄れる。


「偶然だろう」


「偶然は三日続きません」


私は続ける。


「そして、袋の縫い目が同じです」


倉庫長が息を呑む。


周囲の視線が副官に集まる。


だが私はそれ以上言わない。


告発はしない。


数字だけを置く。



静かな時間が流れた。


やがて、倉庫の奥から別の足音が近づく。


参謀部の男だった。


「……報告は受けた」


短い言葉。


副官の顔色が変わる。


「誤解です。現場は混乱していて――」


男は手を上げた。


それだけで、副官は黙った。


「袋を開けろ」


兵士が一つ持ってくる。


刃が入る。


中から出てきたのは――


砂利混じりの米だった。


小さなざわめき。


誰も怒鳴らない。


怒鳴る必要がないほど、分かりやすかった。


参謀部の男が言う。


「……監査官」


「はい」


「続けろ」


それだけだった。


副官は連れていかれた。


叫び声はない。


ただ、足音が遠ざかる。


私は帳簿を閉じる。


小さなざまぁだった。


だが胸は軽くならない。


誰かが抜けた穴は、また別の誰かが埋める。


順番が変わるだけだ。



夕方。


配給は再開された。


列は静かに進む。


兵士の一人が、小さく言った。


「……助かった」


私は頷くだけにした。


英雄になるつもりはない。


ただ、数字を揃えただけだ。


参謀部の男が隣に立つ。


「正式任命が来る」


私は首を傾げる。


「必要ありません」


男は少し笑った。


「必要かどうかは、上が決める」


少しの沈黙。


そして、続けた。


「……敵はまだいる」


私は頷いた。


知っている。


帳簿が合う日は、まだ遠い。


倉庫の外では、夕焼けが広がっていた。


戦争は続いている。


だが私は、今日も前線に立たない。


立つのは、列の端だ。


そしてその列が、

少しだけ長く、少しだけ静かになったことだけが、

私にとっての結果だった。


誤字脱字はお許しください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ