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『後方勤務の鬼 ― 在庫が合わないので戦争やめます。左遷された補給官、気づけば参謀本部』  作者: くろめがね


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第二話 列は嘘をつかない

第二話です。

配給が終わったあと、残るのは静けさだった。


怒鳴り声は消え、器の音だけが小さく続く。

兵士たちは食べることに集中していて、誰も大きな声を出さない。


私は帳簿を閉じ、端に積んだ。


数字はまだ荒れている。

今日一日で整ったのは、ほんの表面だけだ。


「おい」


呼ばれて振り向くと、先ほどの軍服の男が立っていた。


近くで見ると、年齢が分かりにくい顔だった。

疲れているのに、目だけが静かに澄んでいる。


「名前は本当にないのか」


「ありますが、必要ありません」


男は少し笑った。


「便利だな。呼びやすい」


冗談なのか本気なのか分からない言い方だった。


「さっきの配給、どう思った?」


質問が唐突だった。


私は考えてから答える。


「半日で崩れます」


男の眉がわずかに動いた。


「理由は」


「列が長すぎる。運ぶ人間が足りない。

それと――」


少しだけ迷った。


「……誰かが、まだ抜いています」


男は黙っていた。

否定もしないし、肯定もしない。


「見たのか?」


「数字がそう言っています」


私は机の端を指で叩く。


「列は嘘をつきません。

配られた量と、残った量が合わないなら、どこかで消えています」


男は小さく息を吐いた。


「面白いな」


また同じ言葉だった。


私はそれに答えなかった。


褒め言葉なのか、面倒な評価なのか、まだ分からない。



夕方、倉庫の前に人が集まり始めた。


理由は簡単だ。

配給が再開されたことで、別の問題が浮き上がったからだ。


「袋が破れてるぞ!」


兵士の一人が怒鳴る。

米袋の底が裂け、床に白い粒が広がっていた。


私はしゃがみ込む。


布が古い。

縫い目が雑。

そして――印が違う。


「この袋、別の倉庫のですね」


「分かるのか?」


さっきの男が後ろに立っていた。


「印の位置が違います」


私は袋を持ち上げる。


軽い。


軽すぎる。


「……中身、減っています」


周囲がざわめいた。


役人が顔色を変える。


「誤差だ。輸送中に――」


「誤差で袋は縫い直しません」


私は静かに言った。


怒鳴る必要はない。

事実だけ並べれば、だいたい黙る。


兵士たちの視線が役人に向いた。


空気が変わる。


私はそれ以上踏み込まなかった。


犯人を追い詰めるのは、私の仕事ではない。


「次の袋、運んでください」


子どもたちに声をかける。

彼らは自然に動き出した。


列がまた整う。


誰も命令していないのに。



夜になり、倉庫の灯りが少し暗くなった。


私は一人で帳簿を見直していた。


数字が並ぶと、落ち着く。


感情は揺れるが、数字は揺れない。


「……眠らないのか」


振り向くと、あの男が立っていた。


「眠ります」


「いつ」


「合うまでです」


男は小さく笑った。


「鬼だな」


その言葉に、少しだけ違和感を覚えた。


鬼。

怒鳴るわけでも、罰するわけでもないのに。


ただ、合わないものを合う形に戻したいだけだ。


「呼び方なら、好きにしてください」


男は少し考えてから言った。


「明日、補給記録をもう一度見せてくれ」


「命令ですか」


「……頼みだ」


私は頷いた。


断る理由はなかった。



その夜、私は倉庫の隅で少しだけ目を閉じた。


眠りは浅い。

頭の中で数字が動き続ける。


誰が多く受け取ったか。

誰が少なかったか。

どこで一袋消えたか。


戦場の夢は見ない。


見るのはいつも、列だ。


崩れる列。

押し合う列。

そして、静かに並び直す列。


朝が来る前、私はふと気づいた。


あの男が、ずっと近くにいたことに。


監視ではない。


観察だ。


なぜかは分からない。


だが――


あの視線は、敵のものではなかった。



翌朝。


倉庫の前に、見慣れない馬車が止まっていた。


紋章が刻まれている。

昨日の男より、さらに上の階級だとすぐに分かった。


兵士たちがざわめく。


私は帳簿を抱えたまま、立ち止まった。


男がこちらを振り返る。


「呼び出しだ」


「誰から」


「参謀部だ」


言葉は短かった。


だが、その一言で、周囲の空気が変わる。


私は少しだけ首を傾げた。


参謀部。


戦場の中心ではない。

だが、戦争を動かす場所だ。


「……在庫が合っていません」


思わず口に出ていた。


男は笑う。


「だから呼ばれたんだろう」


私は帳簿を閉じた。


列はまだ続いている。

数字もまだ揃っていない。


それでも、足を止める理由はなかった。


その日、私は初めて、

戦場より遠い場所へ向かうことになった。


まだ知らないまま。


この呼び出しが、

左遷の始まりでもあり、

昇進の始まりでもあることを。


誤字脱字はお許しください。

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