第2話 現世庁はロマンを殺す
あの世とこの世。
読者の皆さまが現在お住まいになっているのは「現世」の世界。
そして命が尽きた時、行き着く先は「あの世」の世界である。
この物語は「あの世」にお住まいの主人公が「現世」に訪れ仕事をして戻ってくる。
ただそれだけ。ただそれだけの話なのだが。
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深夜2時放送 Yチャンネル
番組名:ミミカキンの今夜も噂話聞いてみた件
「ベンベン Y TUBE!
本日は“現世”について街頭インタビューしてみます!
あ、そこのお姉さんたち“現世”知ってる?」
「キャーミミカキンだ!Y TUBE見てます!
現世?あー知ってます。なんか、そこに行くと…えーとなんだっけ…幽霊?っていう怖い存在がいるって」
「へー君すごい知ってるね!今夜僕とベンベンする!?」
「やだもうー!!」
(わざとらしいナレーション)
この女性が言う通り、現世には恐ろしい幽霊がいるという噂が後を絶たない。
思いが強すぎてとどまり続ける地縛霊が交通事故を招き、ふわふわとさまよい続ける浮遊霊が墓地で目撃される。
そして人を呪い殺す悪霊という存在は現世の人間を震え上がらせているのだ。
現世はまだまだ謎が多い…続報を待て!
(CM)
半袖半パン小学生男児「な、なんだって…ゆう、れい!?そんなものがいるのかよ現世…すげぇーーーーッッッ!!!」
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始末書というのは、書いているうちに反省より言い訳のほうが上手くなる書類だと思う。
そんな事を思いながら今作の主人公、幽谷 灯は始末書の作成を進める。
「えーっと『不可視装置の持続時間確認を怠った結果、現世の大学生四名により撮影され』…
いや、これだと俺が全部悪いみたいじゃないかよ…装置の電池切れのせいだろ!?」
「3分しか使えないって言ったろ。お前が悪い。」
灯はびくりと肩を跳ね、隣りに座る先輩を横目で見る。
薄羽 朧。
記録監査第四室所属。常に眠そうで声も低く存在感が薄い。なのになぜか背後に立たれると妙に怖い人だ。
「き、聞いてたんスか…?」
「声が大きいんだよ」
「てか3分って!そもそもなんでそんなに短いんスか!?」
「知らねぇよ。そういうもんだ。」
「そういうもんだって…」
灯は恨めしそうにジロリと先輩を睨みつけた。
「出来たんなら部長に提出してこい」
「うぅ…はい…」
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「うん、良く書けているね」
「この度は誠に申し訳ございませんでした…」
「まぁ初日に現世へ行かせた私にも落ち度があるからね。すまなかった。
今日は特に依頼もないのでしっかりと気持ちを切り替えて薄羽から業務を教えてもらって。
誰にでもミスはあるよ。気にしないで。」
「あ、ありがとうございます!」
灯は確認課の部長である津田 影路からニコニコと笑顔を向けられる。
津田の背後にはでかでかと紙に書かれた「習うより慣れろ」というかなりアウトローなモットーが貼られていた。
なんだかチグハグである。
激怒されるのかと覚悟していたのだが、どうやら津田は優しい人物であるらしい。
まぁそうだよな。俺新卒だし1日目で単独業務なんて普通ないもんな。そりゃミスするよ。はは。
ホッとした様子でデスクに戻る灯の背中に
「次からは気をつけるんだよ」
と津田の声。ニコニコ笑顔の裏に殺気のこもった声である。
「…はひ!はい!(あれ?同じ人だよね?)」
自分の心の中が津田にバレたのかと疑った。
灯は足早に自分のデスクへと戻る。
――幽霊。
その単語は、灯の胸の奥を少しだけざわつかせる。
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現世庁・入庁オリエンテーション。
無機質な会議室で、新人たちは整然と椅子に座っていた。
灯はその中で、妙にそわそわしていた。
――現世庁。
――現世に行ける部署。
教科書でしか知らなかった世界だ。
現世には怪談が溢れ、幽霊がいるらしい。
常時半袖半パンの小学生男児だった頃、親に隠れて深夜テレビを見た時その衝撃的な内容に胸を弾ませた。
現世の情報はあまり出回っていない為、怪しい雑誌やネットで情報を集め、日々その宝物を磨いていた。
ある日現世に行くにはどうしたらよいかとクラスで一番頭の良い友人(通称メガネ君)に聞いてみたところ「現世庁」に行けば良いのでは?というざっくりした解答を得た。
常時半袖半パンの小学生男児だった灯は頭は良くはなかった。
だが熱意だけはある。それが灯の良いところだ。
その日から勉強を始めギリギリではあったが現世庁への就職が決まったのである。
そしてオリエンテーションが終われば数日中に“生の幽霊”をこの目で見ることができる。
何を持っていけばいい?御札、清めの塩、使い古した10円なんかも必要か?
そもそも幽霊とは話ができるのだろうか?日本語なのだろうか?
呪いってどうやって発動するの?
幽霊同士って仲良くできる?
浮いてるってホント?
タクシーに乗るのはなんで?
胸が高鳴っていた。
灯の頭はこれでもかという程ぐるぐると回転していた。
そんな灯をよそに壇上に立った担当官は、集まった新卒社員を一度見渡す。
そしてマイクを握り
「まず重要な前提から説明します」
間を置くこともなく、こう続けた。
「現世に幽霊というものは存在しません」
灯は一瞬、意味が理解できなかった。
……は?
……は!?!?!?
ガタン!と立ち上がりパイプ椅子がひっくり返る。
慌ててイスを元に戻し座り直す灯の様子を見て担当官はため息を付いた。
「死者は死亡と同時に死後裁判所へ移送されます。厳密に言えば三途の川からですが…
例外はありません。したがって世間で言われているような「地縛霊」「浮遊霊」「悪霊」といったものは制度上発生しません」
会議室は静まり返っていた。
――幽霊:存在しない。
灯の頭の中で、何かが音を立てて崩れた。
……え?
……じゃあ、あれは? 怪談は? 心霊写真は? ブリッジして階段を駆け下りてくるあれは?
胸の奥にうず高く積み上げられていた宝物が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
担当官は続ける。
「では現世で幽霊と認識されているものは何なのかですが」
「誤認、錯覚、または――」
一瞬だけ、言葉を選んだあと
「…我々の業務に起因するものです」
灯はその場で気を失いそうになった。
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「……谷?…幽谷!」
薄羽の声で、灯は我に返った。
「は、はい!」
「手が止まってる」
「すみません!」
灯は慌てて書類に目を通しながらデスクワークを再開する。
幽霊はいない。
それはもうわかっている。それでも。
現世で“幽霊”と呼ばれるものの正体が、まさか自分たちだという現実にはいまだに慣れなかった。
薄羽は静かに言った。
「次は気をつけよう。幽霊は増やさないように」
幽霊って俺達なんスよね。そう言いたかったが黙っておいた。
「……努力します」
そう答えて灯は慣れないデスクワークを続けた。




