15.平和にのんびりという訳にはいかないか
「黄師姉はね、秦師姉の為に美顔丹を練ろうとしてるのよ」
「そうなんですか?」
秦師姉に関しては確かに眼しか見えてないんだが、結構切れ長で綺麗な目だったし、勝手に美人のイメージがあったんだが?
「うん、秦師姉って顔を隠してるでしょ?実はあれって昔魔物にやられた傷を隠してるのよ」
「魔物?」
〔聖域には霊気や魔気が満ちてるもんで、俗世には早々現れない様な獣や蟲なんかがそこら中にいるのさ〕
なるほどね?思ってたより危険な場所なのか。ファンタジーだとは思ってたんだけど、そんな危険生物までいるとは……。
「そうよ?白師弟なんかすぐ食べられちゃうんだから、下手に宗の外に出掛けない方がいいわよ」
「分かりました。それで、傷を治す為に美顔丹が必要って事ですか?」
「治ってはいるんだけど、跡が残ってるのよ」
「そりゃあ、女性じゃ気にもなりますよね」
「う~んって言うより、秦師姉が聖子になるのを邪魔してる連中が、つついてくるのがその顔の傷なのよ」
「なんでまた?危険な魔物と戦った時に出来た物をわざわざ持ち出して足引っ張るって?」
「そうなのよ。名誉の負傷ではあるんだけど、やっぱり宗派の顔となる人の顔に傷があるって言うのもねぇ」
王師姉の口ぶりから察するに、道義的には問題ないけど象徴的には多少わだかまりがあるのもやむ無しって感じなのかな?
まぁ、詳しくはないけど確か孔子かなんかが親から貰った体を傷つけないようにするのが孝の最初の道みたいなそんな話あったし、髪とかにしても色んな意味があったんだもんな?それこそ刑罰で髪を切るとかあった気もしたし、それ位肉体の一部を損失することになんか意味があるんだろう。
「黄師姉と秦さんってそんなに仲いいんですね」
「秦師姉の事、秦さんって呼んでるの?」
「え?ああ……なんか近くて遠い方なので、何て呼んだらいいかわからなくて」
「あらあら、一応表向きは秦師姉って呼んでおいた方が無難かもしれないわね。有名人とあまり仲良すぎるのも、嫉妬を買うし」
「やっぱり聖子候補となると有名なんですね」
「そりゃそうよ!黄師姉だって普通に気が合うのもあるでしょうけど、今後宗内で相応の立場に立つ人の後ろ盾があれば、何かと助かる事も多いだろうし」
ああ、そういう権力闘争的な部分もあるのね。
まぁ、そりゃあそうか。勝手なイメージだけど中国って現世利益的な部分を重視する文化だし、力のある人と上手くパイプをつなぐのは寧ろ当たり前だもんな。
自分もいつまでも日本人感覚でいると、あっという間に虎狼に食われちまうし、十分気を付けないとな。
そんな事を考えていたら、いきなりお腹がグーっと自己主張し始めた。
「あら?お腹空いたの?」
「いや、昨日包子?食べてからお腹空かないと思ってたんですけど」
「う~ん、でもまだ俗世から来たばかりで気の導入もしてないなら、俗世の子供とそんなに変わらない体の筈だし、ちゃんと食べないと大きくなれないものね?」
そう言うと、ちらっと黄師姉の方を見るが、相変わらずアホな男の人だかりはそのままだ。
「よし!この王お姉さんがご飯を奢ってあげるわ!いつか美顔丹を練れるかもしれない弟弟子にね!」
日本人の感覚からすれば多少恩着せがましいのかもしれないが、そんな嫌な感じもしない。寧ろ自分に対する期待が明確な分、気が楽かもしれん。
そう言って、自分の手を引いて薬会の外に出ると、よく見たら斜向かいに例の辛い物を売ってるだろうご飯屋さんがあった。
やっぱり、食べない内から目が辛くて……くる!
「あら?泣いてる?そんなにお腹空いてたの?」
「いや、何か匂いが辛すぎて!」
「そうなの!ここのご飯とても辛くておいしいのよ!やっぱり香りで分かるくらい辛くないと!」
まじか!黄師姉は普通においしい肉まんって言うか包子だったのに、こっちの王師姉は辛党なのかよ!これはまずい!
いや、辛い物がまずい訳じゃないけど、自分の閾値を超えている気がする!
普通の唐辛子の辛さなら、それなりにいけるけど、日本のお隣の半島の唐辛子の量や大陸の花椒は無理やって!むしろ向こうの人って紅ショウガが辛いとか感じるんでしょ?味覚が違うっての!良いとか悪いとかじゃなく味覚の文化が!
そんな事を思っていると、人々の叫び声が聞こえてきた。
正直な所、この宗に来てからと言うもの人々の声が大きく皆怒鳴ってるのかと思う程だったが、ここにきて明らかな叫び声に、一気に鳥肌が立ち緊張感が高まる。
これは一旦逃げるべしと全身の警告に従い、身を翻した瞬間、薬会から出てきた人々に弾き飛ばされた。
あっと言う間に転がり、上下左右の感覚もなく気が付いた時には空を見上げていた。
ゆっくりと身を起こすと、人の壁。
何やら左右の人々と喋る姿は野次馬そのもの、凄い人だかりなんだけども?全部野次馬なの?
ちょっと呆れた気持ちで、身を起こして立ち上がる。
すると突然頭を触られた感触がして、上を見ると髭もじゃのおっさんの顔があった。
「おい、小僧」
「なんでしょう?」
急に話しかけられ、とりあえず返答するものの自分の中の警戒アラートは全開に鳴り響いてる。




