表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
毒入りスープを飲み干して、無音の譜面を奏でる異常な私
9/50

暴走する譜面、崩れる旋律

魔術学院の中庭は、春の陽光に包まれていた。


空間には学生たちの“譜面”が漂い、笑い声とともに軽やかな旋律が舞っていた。感情と魔力がリンクするこの世界では、譜面こそが心の証。喜びは明るい長調、緊張は細かいスタッカート、恋心は淡いハーモニーとして視える。


だが、その平穏は、突然の“破裂音”によって打ち砕かれた。


「譜面が……裂けてる!?」


叫んだのは薬術科のカイルだった。彼の視線の先で、同級生の少女が膝をつき、震えていた。彼女の譜面が空中で裂け、旋律が暴走している。高音が刺すように空間を切り裂き、低音が地面を揺らす。


魔力暴走――魔奏病の初期症状。


「誰か、止めて……!」


教師たちが駆け寄るが、旋律の嵐に近づけない。譜面が狂い、感情が暴走し、空間が歪んでいく。空気が重く、色彩が濁り、音が悲鳴のように響く。


そのとき、ルナ・ミレイユ=クラウスが静かに歩み出た。


彼女の譜面は、無音だった。


「……彼女の旋律、悲しみに染まってる」


ルナは目を閉じ、空間に浮かぶ譜面を“視た”。破れた譜面の断片が、涙のように漂っている。感情の断裂。魔力の濁り。彼女はそれを、美しいと感じた。


「調律、開始します」


彼女はハーモナイトを手に取り、無音の譜面を空間に広げた。音はなかった。だが、空間が静かに震えた。


ルナの無音が、暴走する旋律に“寄り添った”のだ。


周囲の学生たちは息を呑んだ。音がないのに、空間が変わる。色が戻り、空気が澄む。だが――


「危ない!」


突風のような魔力がルナを襲う。裂けた譜面の断片が、刃のように空を切る。


その瞬間、彼女の前に立ちはだかった影があった。


ノア。無口な護衛騎士。


彼の譜面もまた、無音だった。


「……君の譜面は、僕にだけ聴こえる」


彼はそう呟き、ルナを庇って倒れた。


彼の背に、裂けた譜面が突き刺さる。だが、彼の譜面が――微かに、震えた。


無音の譜面に、初めて“旋律”が生まれたのだ。


ルナは震える手で、彼の譜面に触れた。


「……あなたの音、優しい」


彼女の譜面も、淡く色づいた。


その瞬間、暴走していた少女の譜面が静まり、空間が落ち着いた。


調律は、完了した。


教師たちが駆け寄り、少女を抱き起こす。ノアは静かに目を閉じていたが、ルナの手の中で、彼の譜面は微かに響いていた。


「共鳴……したの?」


ルナは呟いた。


無音同士の譜面が、初めて重なった瞬間だった。


その夜、ルナは学院の屋上で月を見上げていた。


「……無音の譜面は、誰かに触れたとき、音になる」


彼女はそう呟き、ノアの譜面を思い出す。


それは、恋の旋律の、予兆だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ