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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
毒入りスープを飲み干して、無音の譜面を奏でる異常な私
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共鳴拒否の旋律

魔術演習室の空気は、張り詰めた弦のように震えていた。

天井から吊るされた魔力灯が淡い光を落とし、譜面が重なり合う音が微かに響いている。

今日の課題は――共鳴演習。

二人一組で譜面を重ね、魔力を共鳴させ、複合魔術を発動する。

この授業は、学院でも最も事故率が高いといわれる危険なものだった。


生徒たちは各々ペアを組み、調律結晶ハーモナイトを手にして準備を整えていた。

緊張と期待が入り混じった旋律が、室内を細かいスタッカートのように満たしていく。

その中で――講師の声が響いた。


「クラウス嬢、君のペアは……レオン・アルヴェールだ」


その瞬間、空気が一変した。

ざわめきが走り、囁きが教室のあちこちで交錯する。


「レオンと……?」「無音と完璧……危なすぎるだろ」

「いつも一人でやるあのレオンが、共鳴演習……?」


視線が一斉にルナへ向けられた。

彼女は深く息を吸い、静かに頷くと、講壇の横に立つ少年のもとへ歩み出た。


レオン・アルヴェール――学院最年少で魔術師協会の上級認定を受けた天才。

漆黒の髪は一筋の乱れもなく、氷のような瞳は、周囲を寄せつけない冷ややかさを湛えていた。

彼の譜面は、まるで精密機械のように整然としていて、周囲の空気すら整えてしまう。

その周囲だけ、演習室が異質な“静謐”に包まれているようだった。


(……空気まで、彼の音に支配されてる)


ルナは彼の前に立つと、軽く会釈した。だが、レオンはわずかに一瞥をくれただけで、視線を前に戻した。

まるで、目の前に立っているのが“音”ではなく“空白”であるかのように。


「共鳴演習、開始」


講師の声が合図となり、二人は同時に《ハーモナイト》を掲げた。

空間に、二人の譜面が展開される。


レオンの譜面は、完璧だった。

理想的な音高、均整の取れたリズム、感情を削ぎ落とした旋律。

それはあまりにも澄み切っていて、他の音を“拒絶”するほどの静謐さを持っていた。


対するルナは――無音。

淡い光が広がるだけで、音は一切生まれない。


二つの譜面が重なった瞬間、空間がきしんだ。

譜面と譜面の境界に、目に見えない亀裂が走る。

完璧と無音。二つの極端な存在が触れ合い、互いを拒絶していた。


「……やめておけ」

レオンの声は低く、研ぎ澄まされていた。

「君の譜面は“無音”だろう。僕の旋律にノイズを混ぜないでくれ」


「ノイズ……ですか?」

ルナは静かに問い返した。


「共鳴とは、調和だ。だが君の譜面は“干渉”でしかない」


室内のざわめきが一気に静まり返った。

ルナは目を細める。完璧な旋律の端に、ごく僅かな震えを感じ取っていた。


(……揺れてる?)


再び二人は譜面を重ねた。

完璧な旋律と無音が触れ合った瞬間、空気が軋み、床の紋章が震える。

譜面同士が衝突し、火花のような魔力の閃光が走る。

周囲の生徒たちが息を呑み、講師が制止の声を上げようとした――そのときだった。


――“音”が生まれた。


ほんの一瞬、透明な和音が空間を満たした。

それは誰にも予想できなかった、完璧と無音が生み出した“新しい音”だった。


レオンの瞳がわずかに見開かれ、ルナの胸が大きく鳴った。

(……今の音……私の、じゃない。彼の……でも……混ざった)


だが、その音が広がるよりも早く――レオンは《ハーモナイト》を閉じた。

空間が、ぴたりと止まる。生まれかけた和音は霧のように消えた。


「……君とは共鳴できない」

レオンは背を向けた。その声音には、冷たさと、ほんの僅かな動揺が混ざっていた。


(……怖がってる。揺れることを)


ルナの指先が震えた。彼の完璧な譜面の“端”に確かにあった小さな揺らぎ。

それは、譜面そのものではなく――心の震えだった。


「演習終了!」

講師の声が響く。

生徒たちの間に、ざわめきと戸惑いが広がった。

誰もが“二人の譜面”が衝突し、そして一瞬だけ“重なった”ことを見たのだ。


――夜。


ルナは学院の屋上に立っていた。

月が静かに輝き、風が譜面をめくるように吹き抜ける。


(……あの一瞬、確かに響いた)

拒絶の痛みと、触れた“何か”の余韻が胸の奥に残っている。

完璧な譜面と無音の譜面――本来なら交わることのない二つの旋律。

けれど、あの震えは確かに存在した。


「……あなたも、揺れてた」

彼女は小さく呟き、夜空を見上げた。

月の譜面は、相変わらず無音のまま。

けれど、今夜の風には、あの日にはなかった透明な“響き”が混ざっているように思えた。

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