月奏の調律師 〜無音の旋律は愛を知った〜
ルナの命の譜面がノアに託された後、魔力塔の頂上には、静寂が訪れていた。ノアは、ルナの温もりを失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。彼の無音の譜面は、ルナの命の「音」を宿し、金色と緑の光を放っている。それは、まるでルナ自身がノアの隣にいるかのようだった。
「ルナ……」
ノアは、ルナが残した調律結晶を強く胸に抱きしめる。彼の瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。ルナを失った悲しみは、ヴァレリオを失った時よりも深く、そして重かった。
その時、カイルが静かにノアの肩に手を置いた。
「ノア、君は一人じゃない。ルナの音は、君の中に生きている」
カイルの声は震えていた。彼は、ルナとノアの「愛の旋律」に触れ、自分の愛が、友情という形で存在していたことを悟った。彼は、ルナを救えなかった後悔と、ノアを支える決意が入り混じった複雑な感情を抱えていた。
ノアは、カイルの温かい手に、静かに頷く。ルナの命の「音」が、彼の中に、そして調律結晶の中に、永遠に生き続けていることを知っていたからだ。
「ルナ……君が愛したこの世界を、僕が守る。君が奏でた旋律を、僕が継承する」
ノアはそう言うと、ルナが残した調律結晶を空に掲げた。彼の無音の譜面と、ルナの命の「音」が、調律結晶を媒介にして共鳴する。その瞬間、調律結晶から、金色と緑の光が世界中へと拡散していく。それは、ルナが最後に望んだ、愛と希望に満ちた「音」だった。
数年後、世界はルナの調律によって、平和を取り戻していた。魔奏病は完全に消滅し、人々はそれぞれの心の「音」を、自由に奏でることができるようになっていた。
ノアは、魔術師協会の次期会長として、世界の「音」を管理する立場にいた。彼の無音の譜面は、今もルナの命の「音」を宿し、世界中の譜面と調和していた。彼は、ルナが残してくれた愛の旋律を、世界に響かせ続けていた。
カイルは、魔術と薬学の融合を研究し、魔力暴走を未然に防ぐ薬を開発していた。彼は、ルナとノアの「愛の旋律」が、彼の研究の原動力となっていた。
そして、ある日、ノアは、辺境の薬草村を訪れた。そこには、ルナが家族と過ごした家が、静かにたたずんでいた。ノアは、その家の中で、ルナが幼い頃に魔力暴走を起こした時の「無音の旋律」を聴いた。
それは、悲しみと絶望に満ちた「音」だったが、その旋律の奥底には、家族への深い愛と、希望が隠されていた。
ノアは、その旋律に、ルナが残してくれた命の「音」を重ねる。二つの旋律が、温かく共鳴し、一つの美しいハーモニーを奏でた。それは、ルナが家族を失った悲しみを乗り越え、愛を知り、そしてノアという存在と出会い、共に未来へと進んでいく、壮大な愛の旋律だった。
ノアは、静かに涙を流す。彼の涙は、悲しみではなく、ルナへの深い愛と、彼女が残してくれた希望に満ちていた。
「ルナ、君の音は、僕の心に、この世界に、永遠に響き続ける」
彼の言葉は、風に乗って、遠い空へと消えていった。ルナが愛した世界は、彼女の愛の旋律によって、今日も静かに、そして美しく輝いていた。




