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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
毒入りスープを飲み干して、無音の譜面を奏でる異常な私
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召喚:To Claudia on Thursday

魔術学院アルス・リュミエールの講堂は、朝からざわついていた。

今日は年に一度の「魔術演習公開試験」。

生徒たちが自らの譜面を披露し、魔術の完成度と感情制御力を競う日だ。


ルナ・ミレイユ=クラウスの名前が呼ばれた瞬間、空気が変わった。

ざわめきが、ざわめきのまま凍りつく。

無音の譜面を持つ異端の調律師が、ついに舞台に立つ。


「ルナ、本当に出るのか?」


控室でカイルが声をかけた。

彼の譜面は、焦りと期待が交錯していた。


「うん。……私の“音”を、見せる」


ルナは静かに頷いた。

その瞳には、迷いはなかった。


「でも、あの試験官たち……君の“無音”を理解するとは思えない」


「理解されなくてもいい。

でも、“響かせる”ことはできるかもしれない」


その言葉に、カイルは息を呑んだ。


講堂の中央に立つと、空間がざわめいた。

観客席には、学院の教師陣、魔術師協会の幹部、そして数百人の生徒たち。

誰もがルナを見つめ、その譜面を探そうとした。


「無音の譜面で、何をするつもりだ?」

「また“調律”とか言い出すんじゃ……」

「前回の事件、偶然だったんじゃないの?」


囁きが飛び交う。

だが、ルナは気にしていなかった。


(この空間は、調律されていない。感情が乱れて、譜面が濁ってる。ならば――)


彼女は、調律結晶ハーモナイトを掲げた。


「召喚――To Claudia on Thursday」


その瞬間、空間が変わった。


音が、降ってきた。

現実世界の旋律。

60年代ソフトロックの名曲が、魔力の譜面として具現化する。


講堂の天井が淡く光り、譜面が宙に舞う。

床には花の模様が広がり、空気が柔らかく震える。

まるで、春の午後に迷い込んだような幻想的な空間。


「な、なんだ……この音は……?」

「音が……見える……!」

「心が、静かになっていく……」


観客たちの譜面が、次々と整っていく。

怒りは和らぎ、嫉妬は消え、感情が“調律”されていった。


教師席で、一人の幹部が立ち上がる。

「これは……魔術ではない。音楽だ。だが、どうして召喚できる……?」


別の教師が震える声で言う。

「いや……異端だ。前例がない。あれは危険すぎる」


だが、別の若い教師は感嘆を漏らしていた。

「違う……彼女は新しい道を示している」


畏怖と拒絶、賞賛と好奇。

反応は分かれた。

だが誰も、この音を無視することはできなかった。


ルナの譜面は、無音のまま。

だが、その中心に、淡い旋律が生まれていた。


(この音は、私のものじゃない。

でも、私の中にある。

私は、音を借りて、世界を調律する)


彼女の足元に、譜面が花のように広がっていく。

それは、誰にも読めない“無音の譜面”に、初めて色が差した瞬間だった。


演奏が終わると、講堂は静まり返った。

誰もが言葉を失い、ただ彼女を見つめていた。


「……これが、私の魔術です」


ルナは一礼し、静かに舞台を降りた。


舞台袖で見ていたカイルは拳を握りしめた。

「……すごい。本当に“響かせた”んだ」


客席の片隅でノアが呟く。

「君の音は……僕にだけ聴こえる」


その夜、ルナは学院の屋上で月を見上げていた。


“To Claudia on Thursday”。

あの旋律が、まだ胸の奥に残っている。

それは、誰かを想う優しい音。

まだ知らない“恋”の予感。


彼女の譜面が、ほんの少しだけ色づいた気がした。

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