表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
さよなら、私の愛しい人。この旋律が、永遠の愛の証明
49/50

別れの旋律、愛の証明

空が鳴っていた。

音ではなく、世界そのものが――震えていた。


幻奏の塔が崩壊した後、世界は調律を失ったままだった。

大地の譜面は裂け、海の旋律は途切れ、空のハーモニーは濁っている。

感情と魔力を繋ぐ“譜面の糸”が切れた世界は、まるで呼吸を忘れたように沈黙していた。


ルナ・ミレイユ=クラウスは、かつて学院があった丘の上に立っていた。

風は吹いていない。

けれど、彼女の髪と外套は、見えない何かの振動で微かに揺れている。

世界が“最後の和音”を求めているのだ。


《ハーモナイト》が淡く光る。

その中には、ノアの譜面が眠っている。

もう彼の姿はない。

けれど、彼の“無音”は、ルナの中で今も震えている。


「……聴こえる?」

風に囁く。

応える声はなかった。

だが、胸の奥で微かな共鳴が起きた。

それは、確かにノアの音だった。


(もう一度、世界を聴こう。音が戻るなら――彼も、聴こえるはず)


ルナは《ハーモナイト》を掲げた。

銀の光が空に走り、割れた雲の隙間から夜の月が顔を出す。

その光が地平を染め、廃墟となった大地に淡い譜面が浮かび上がる。

“世界の旋律”――その残響。


だが、その譜面は破れ、歪んでいた。

“幻奏の残響”が未だに世界の底で鳴っているのだ。


「ルナ!」

駆け寄る声がした。カイルだった。

衣服は煤け、腕に包帯を巻いている。

だが、その琥珀色の瞳はまだ熱を失っていなかった。


「お前、またひとりで全部抱え込むつもりか!」

「抱え込むんじゃない。――調律するの」

「自分を削ってまで?」


ルナは微笑んだ。

「私は“調律師”。この世界が壊れたなら、直すのが私の仕事」


カイルは唇を噛んだ。

その譜面からは、痛みと焦燥が滲んでいた。

(いつだって彼女は、静かに、無茶をする)


「……だったら、せめて俺も一緒にやる」

「あなたは、まだ“音”を持ってる。

 私はもう、“音”を超えたところにいる」


ルナの声は、風よりも静かで、しかし確かに届く強さを持っていた。


カイルは彼女の肩を掴んだ。

「なあルナ、調律ってのは、ひとりじゃできねえだろ?

 音楽だって、誰かと重なるから“音楽”なんだ!」


彼の言葉に、ルナの瞳がわずかに揺れた。

(……そう。私はずっと“ひとりで響く音”だった)

けれど、今は違う。

胸の奥でノアの“無音”が震え、カイルの“熱”が重なり、遠くでレオンの冷たい旋律が揺れている。


――三つの譜面が、静かに交わる。


「共鳴、開始」


ルナが呟いた瞬間、地平が光に包まれた。

崩壊した譜面が空へと舞い上がり、色とりどりの音符が宙を漂う。

それは世界が最後の調律を求めて生み出す“和音”。


カイルが叫んだ。

「なあ、ルナ! この音、なんかあったかいぞ!」

「それは……あなたの音。

 あなたが、誰かを救いたいって願う音」


彼の瞳に涙が滲んだ。

「馬鹿だな、お前……! こんな時に笑うなよ!」


風が強くなり、空が割れる。

そこから、黒い影が現れた。

“幻奏の残響”――ヴァレリオの魔力が、なお世界の底に残っていたのだ。


「まだ終わらないのか……!」


ルナは《ハーモナイト》を握り締めた。

ノアの“無音”が光り、カイルの熱い旋律と融合する。

二つの音が混ざり合い、まるで“心臓の鼓動”のように世界を震わせる。


「調律――最終楽章」


ルナの身体が淡く光を帯びる。

譜面が彼女の足元から伸び、大地と空を繋ぐ一本の線となった。

その線を通して、世界のすべての音が流れ込み、彼女の中で溶けていく。


「ルナ! やめろ、それじゃ――!」

カイルの声が途切れる。

彼の手が届く前に、光が彼女を包み込んだ。


(音は、誰かに聴かれるために生まれる。

 なら、私の音は――あなたたちに)


光の中で、ノアの声が聴こえた。

――“君の譜面は、僕にだけ聴こえる”


ルナは微笑んだ。

「今度は、みんなに聴かせるよ」


空が裂け、世界が“鳴った”。

音も光も、涙も笑いも、すべてが混ざり合い、ひとつの旋律になった。


それは、世界の再生の音。

そして、彼女が残した“別れの旋律”だった。


光が収まる。

そこにルナの姿はなかった。

残されたのは、風に舞う無音の譜面だけ。


カイルはその譜面を掴み取り、胸に抱いた。

その中で、小さな音が鳴った。

まるで誰かが、そっと微笑んでいるような音。


「……これが、お前の証明か」


彼は涙を拭い、夜空を見上げた。

雲の切れ間から、満ちた月が顔を出す。

その光の中で、世界はゆっくりと新しい旋律を奏で始めていた。


“愛の証明”――それは、誰かを残して消えることではなく、

“誰かの中で生き続ける音”になることだった。


そして、無音の譜面は確かに震えていた。

ルナ・ミレイユ=クラウスという名の調律師が、

今も世界のどこかで――静かに、世界を聴いている証として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ