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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
さよなら、私の愛しい人。この旋律が、永遠の愛の証明
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無音の旋律、新たな始まり

ヴァレリオの幻奏が消えたあと、世界は――奇妙な静寂に包まれていた。

破壊された譜面の破片が、夜空の雪のようにゆっくりと降り注いでいる。

音は、まだ戻っていない。

ただ、風の通り道のような“空白”だけが、学院全体を支配していた。


大講堂の中央で、ルナは膝をついていた。

《ハーモナイト》を握る手が震えている。

無音の譜面は、限界まで張りつめた弦のように、かすかに軋んでいた。


「……終わった、のか……?」

カイルの声はかすれていた。

彼の譜面もまた、戦いの余韻で歪んだままだ。

それでも、その旋律には、まだ“熱”が残っている。


ノアは静かに周囲を見回した。

瓦礫に覆われた講堂。砕けた譜面。沈黙に沈む空間。

「……まだ、終わっていない」

彼の無音の譜面が、かすかに震える。

その震えは、ルナの無音と呼応するようだった。


(……そうだ。まだ終わっていない)


ルナは目を閉じた。

ヴァレリオの幻奏が消えたあとに残ったのは、“音の空白”。

それは、誰かが調律しなければ永遠に続く沈黙――。

世界そのものが、奏でることをやめてしまったのだ。


(なら、私が……)


胸の奥で、あの日の記憶がよみがえる。

毒のスープを飲み、無音の譜面を奏でた晩餐会の夜。

学院に入った日。共鳴演習で拒絶された日。

ノアと二重奏を奏でた夜。

ヴァレリオと対峙し、沈黙の奥に自分の“震え”を見つけた瞬間。


そのすべてが、今、胸の中心に集まってくる。


ルナは立ち上がった。

夜風が、砕けた譜面の間をすり抜けていく。

《ハーモナイト》を高く掲げ、深く息を吸い込む。


「――聴いて」


その声は、かすかだった。

けれど、空間全体に染み渡るように広がっていった。


ルナの無音の譜面が、静かに展開される。

空気が震え、夜空に散った譜面の破片がふわりと舞い上がった。

まるで、世界が“耳を傾けた”ようだった。


そして――


「召喚。《This Will Be Our Year》」


柔らかなピアノのイントロが、無音の中に一筋の光として差し込む。

空間が、ゆっくりと色を取り戻していく。

The Zombiesの旋律が、魔力の譜面として夜空に描かれていく。

歌声の代わりに、譜面が宙を舞い、淡い黄色の光が学院を包んだ。


講堂の外。

夜の街にも、旋律が届き始めていた。

崩れた塔の影の中で眠っていた市民の譜面が、少しずつ震え始める。

恐怖に濁っていた旋律が、薄く澄んでいく。


病室で目を閉じていた子どもが、かすかに微笑んだ。

失われた旋律が、一つ、また一つと戻っていく。

風に揺れる木々の譜面も、淡いハーモニーを奏ではじめた。


「……これ、ルナが……?」

カイルが呟いた。

彼の譜面もまた、温かいリズムを刻み始めている。

戦いの疲れが滲む笑顔だったが、その目には確かな光があった。


ノアは黙ったまま、ルナの隣に立った。

「君の音は、僕にも聴こえる」

その言葉は、音楽よりも優しく響いた。


ルナはふっと笑った。

「……ううん。これは、みんなの音」


彼女の譜面は無音のまま。

けれど、その奥で確かに“響き”が生まれていた。

無音は、拒絶ではなく――すべての音を受け止める場所だった。


夜空に、歌詞が魔力の譜面として浮かび上がる。


This will be our year, took a long time to come


その一節が世界全体を包んだとき、

学院にも、街にも、遠くの森にも――旋律が一斉に甦った。


誰かが泣き、誰かが笑い、譜面が夜空を舞う。

沈黙は終わった。

ルナの調律が、世界を再び“音”で満たしていく。


その夜、屋上で。

ルナは月を見上げていた。

ノアが隣に立ち、カイルが少し離れた場所で笑っている。


「……私の譜面、音を持った気がする」

「君の音は、始まったばかりだ」


月の光が三人を包み込む。

夜風に乗って、《This Will Be Our Year》の旋律が、静かに遠くまで広がっていった。

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