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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
さよなら、私の愛しい人。この旋律が、永遠の愛の証明
42/50

無音の終止符 ― そして、君を聴く

夜明け前の学院は、まだ夢の中にいた。

幻奏の塔での戦いが終わってから、三日が経っている。

崩壊した塔の残骸は静まり返り、風の音さえも眠っているようだった。


ルナ・ミレイユ=クラウスは、廃墟となった講堂にひとり座っていた。

月の光はすでに沈み、東の空がかすかに明るみ始めている。

瓦礫に散った譜面の断片が、微かに光を帯びていた。


(……ノアの音は、まだここにある)


彼の譜面が消えたのは、幻奏の残響を封じた直後だった。

《ハーモナイト》を通じて共鳴した彼の旋律が、ルナの“無音”の奥に流れ込んでいった瞬間、

ノアの姿は光の粒となり、風の中に溶けていった。


その残響だけが、今も耳の奥に残っている。

音ではない。

けれど確かに“聴こえる”。


「……君の譜面は、僕にだけ聴こえる」

最後に彼が言った言葉が、まだ胸の中で反響している。


ルナは、静かに息を吸い込んだ。

指先に残る微かな震え――それが、まだ彼と繋がっている証のように思えた。


廃墟の中央、崩れた床に小さな光の粒が集まりはじめる。

それは、ノアの譜面の欠片だった。

淡い青白い光をまとい、ゆっくりと旋回しながら、ルナの周囲に漂う。


(……やっぱり、消えてなんかいない)


彼の“無音”は、この世界のどこかで共鳴を続けている。

ルナは目を閉じた。

静寂が、彼女の内側に染み込んでいく。


(私は今まで、音を“奏でる”ことばかり考えてきた。

 でも、本当に大切なのは――“聴く”こと)


幻奏の魔導士ヴァレリオが言った。

「空白は壊しやすい」と。

けれど今、ルナにはそれが違うとわかる。

空白は壊されるためではなく、“響きを受け入れる”ためにある。


《ハーモナイト》が淡く光る。

彼女はそれを胸に抱き、囁いた。

「ノア……もう一度、聴かせて」


音は生まれなかった。

だが、静寂の奥に何かが震えた。

空気がわずかに揺れ、瓦礫の上の埃がふわりと浮いた。


――“聴こえるか”


その声は、風と一緒に届いた。

耳ではなく、心に。

ノアの声。


ルナは微笑んだ。

「……聴こえる。あなたの“無音”が」


彼の旋律は、今や彼女の中にある。

外の音を遮断しても、心が揺れるたびにその音が微かに鳴る。

それは、恋の終わりではなく、恋の“永続”。


「あなたは消えたんじゃない。

 私の中に、調律されたの」


ハーモナイトが、月光のような光を放つ。

ルナの譜面が空中に浮かび上がる――そこには、無数の“余白”があった。

音符のない空白。

だが、その空白からは、微かな光が滲み出していた。


その瞬間、風が吹いた。

講堂の瓦礫が鳴り、散らばった譜面がひらひらと舞い上がる。

紙片が光に照らされ、一枚がルナの掌に落ちた。


そこには、ひとつの旋律が刻まれていた。

四分音符が三つ、そして――“休符”。


「……休符、なのね」


ルナは微笑んだ。

休符とは、音が“止まる”ことではない。

音が“聴かれる”ためのだ。


(――私たちは、今、休符の中にいる)


ノアの旋律は、消えていない。

静寂の中に溶け込み、ルナの無音を豊かにしている。

彼の存在は“音”ではなく、“余白”として彼女の譜面の一部になった。


夜明けの光が差し込み、講堂の影を薄くしていく。

ルナは立ち上がり、崩れた壁の向こうの空を見上げた。

雲の切れ間から、淡い朝の光が射し込んでいる。


「――ノア。

 あなたの旋律は、もう私が聴く」


そう言って、彼女は歩き出した。

音も、言葉も、涙もなかった。

けれど、その足取りは確かに“音楽”だった。


空には、静かなハーモニーが漂っていた。

それは無音のまま――けれど、限りなく優しい“終止符”の音だった。

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