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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
壊れた譜面を調律する、私のこの手が震えるほどの恋心
40/50

歪んだ共鳴と二つの音色

学院の地下図書館――

昼間でも薄暗いその空間は、いまや異様な気配に満ちていた。

高くそびえる書架の間に、黒い譜面がびっしりと貼り付き、床には不規則な拍子で揺れる文様が走っている。

まるで、図書館全体がヴァレリオの幻奏の一部になったかのようだった。


「……ここが、“歪み”の核」

ノアが囁く。

彼の無音の譜面が、静かに空気を震わせている。

その震えに反応するように、壁一面の譜面がざわめいた。


カイルが片手を拳で叩く。

「やっと見つけたな。こそこそ隠れやがって……!」


ルナは二人の少し前に立ち、《ハーモナイト》を構えた。

地下の冷たい空気が、肌に張り付く。

ヴァレリオの幻奏は、ここで世界と接続している――それがはっきりと感じ取れた。


奥の閲覧ホール。

天井の高いその空間の中央に、ヴァレリオが立っていた。

かつての穏やかな笑みは影もなく、譜面のように割れた瞳がルナたちを見下ろしている。


「……ようこそ、沈黙の調律師」

彼の声は、複数の音が重なり合ったような不協和音だった。

「ここが、君たちの“終止線”だ」


ヴァレリオが一歩踏み出すと同時に、壁の譜面が一斉に剥がれ、空中に舞い上がった。

黒い五線譜が渦を巻き、空間全体がゆがむ。

音が反転し、床が逆さに震える。

まるで世界の重力そのものが、楽譜の都合で書き換えられていくようだった。


「行くぞ!」

カイルが踏み込む。

彼の譜面が赤く輝き、力強いリズムで幻奏の渦に切り込んでいく。

ノアは後方で静かに両手を広げ、無音の譜面を展開。

ヴァレリオの歪んだ旋律の波形を読み取り、ルナの旋律と重ねていく。


ヴァレリオは冷笑を浮かべた。

「調和など幻想だ。音は支配の道具……聴く者ではなく、奏でる者が世界を決める!」


歪んだ旋律が空間を裂き、図書館の床が音を立てて砕ける。

黒い譜面が触れた本棚が、まるで燃えるように崩れ落ちた。

空間そのものが、音の戦場に変わっていく。


ルナは胸の奥にある震えを感じ取った。

(……怖い。でも――逃げない)


彼女は《ハーモナイト》を掲げ、無音の譜面を展開する。

ヴァレリオの幻奏と衝突した瞬間、空間全体が眩い閃光に包まれた。


無音と歪音――二つの音色がぶつかり合い、図書館の空気が波紋のように揺れる。

まるで“現実”そのものが、一つの楽曲として書き換えられているようだった。


「――召喚。《Never My Love》!」


柔らかなイントロが響くと同時に、ルナの周囲に青白い譜面が舞い上がる。

反転した空間に、優しい旋律が染み込んでいく。

その音は、ヴァレリオの歪んだ旋律を少しずつ侵食し、空間を“正しい向き”へと戻しはじめた。


「くだらない……!」

ヴァレリオが叫ぶと、幻奏が激しくうねり出す。

本棚が爆ぜ、譜面が嵐のように吹き荒れる。


カイルが身を挺して前に出た。

「ルナ! 気を抜くな!」

彼のリズムが嵐を押し返し、ノアの静かな無音が道筋を整える。

三人の旋律が、一本の軸となってヴァレリオの幻奏に切り込んでいく。


激しい衝突の末、ヴァレリオの幻奏の一部がついに崩れた。

黒い譜面が霧のように散り、空間が元の姿を取り戻していく。

閲覧ホールの中心に残ったのは――傷つき、膝をついたヴァレリオだった。


「……どうして……君は、黙っていればいいものを……」

彼の声は、かつての穏やかさを一瞬だけ取り戻していた。


ルナは静かに言葉を返した。

「私は、聴く。だから――調律できる」


その言葉が空気に溶けた瞬間、ヴァレリオの姿がふっと揺らいだ。

幻奏の残滓が彼の体を包み込み、黒い譜面の渦となって消えていく。


ノアが目を細める。

「逃げた……」


カイルが舌打ちした。

「チッ、しぶとい奴だな」


ヴァレリオの残した譜面は、閲覧ホールの天井に吸い込まれるように消えていった。

彼の気配は完全には途絶えていない。

むしろ、塔の上層へと“退いた”――そんな確かな感覚がルナの胸に残った。


(……終わっていない。これは、始まりにすぎない)


図書館を出ると、学院の空気がいつもと違っていた。

夜が深まるにつれて、空の譜面が不規則に震え、世界が不安定になっている。

まるで、ヴァレリオの退却と同時に、さらに大きな“仕掛け”が動き出したかのようだった。


カイルが肩を鳴らす。

「次は……塔だな」


ノアが頷く。

「急がないと、世界が音を失う」


ルナは《ハーモナイト》を強く握った。

戦いの余韻がまだ残っている。けれど、その奥に確かな決意があった。


(――ここから、本当の調律が始まる)

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