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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
毒入りスープを飲み干して、無音の譜面を奏でる異常な私
4/50

私は毒を愛してる

薬草温室の奥――誰も近づかない“禁忌区画”。

そこに、ルナはひとり佇んでいた。


棚には、魔力濃度の高い毒草が並び、空気は重く、譜面は歪んでいる。

だが、ルナの瞳は穏やかだった。むしろ、安らぎすら漂っていた。


「……やっぱり、綺麗」


彼女は黒紫の花弁を持つ《ナイトベラドンナ》に指を添える。

濁った短調の旋律。誰もが拒絶する音。

けれどルナには、それが澄んで聴こえた。


(毒は、感情の澱。拒絶された旋律。

あの夜、家族を失ったときも……世界は音を閉ざして、無音になった。

でも胸の奥には、確かに濁った音が残っていた。

その音だけが、私を生かした。だから私は、それを“綺麗”だと思った)


「おい、ここは立ち入り禁止だぞ!」


怒鳴り声とともに現れたのは薬術科の生徒たち。

先頭にいたのは、カイルだった。


「……また来てたのか。お前、ほんとに毒が好きなんだな」


「好き、というより……落ち着くの」


ルナは振り返り、静かに答えた。


「普通は怖がるだろ。毒なんて死と隣り合わせだぞ?」


「でも、死の音はとても静か。誰にも聴かれない旋律。

私は、それを調律したいの」


その言葉に、カイルは言葉を失った。

彼の譜面が、乱れたリズムを刻む。


「……君は、壊れてるよ」


「うん。そうかもしれない」


ルナは微笑んだ。毒草よりも危うく、美しい笑顔だった。


その夜、ルナは自室で譜面を広げていた。

そこには今日触れた毒草の旋律が記されている。


《ナイトベラドンナ》:濁短調、下降音型、終止形なし

《ヴェノムリリー》:不協和音、断続的リズム、感情の断絶

《スクリームミント》:高音の震え、恐怖と快楽の混線


(どれも、拒絶された旋律……でも、私には美しく聴こえる)


彼女は指で譜面をなぞりながら呟いた。


「毒は、捨てられた感情の結晶。だから私は、愛してる」


翌朝。学院では新たな事件が起きていた。


魔力汚染によって温室の一角が崩壊。

原因は、毒草の譜面が暴走したことによる“共鳴事故”。


「誰かが禁忌区画に触れたんだ……!」


講師たちが騒ぐ中、ルナは歩み出た。


「私が、調律します」


「無理だ! あの譜面は……!」


「私には聴こえる。あの旋律は、助けを求めてる」


ルナは《ハーモナイト》を手に取り、崩壊した温室へ足を踏み入れた。


毒の旋律が、空間を満たしている。

譜面は裂け、音は歪み、感情が暴れていた。

まるで叫び声の嵐。


だが、ルナは恐れなかった。


「……あなたの旋律、私は嫌いじゃない」


無音の譜面が濁った音を包み込み、重なる。


「調律、開始」


その瞬間、空間が震えた。


毒の譜面がルナの無音と重なり、新たな旋律を奏で始める。

拒絶されてきた“毒の感情”が、初めて“音楽”になった瞬間だった。


「……やっぱり君は壊れてる」


温室の外で待っていたカイルが、呆れたように言った。

だが、その譜面はわずかに震えていた。


「でも、俺は……その音、嫌いじゃない」


ルナは振り返り、少しだけ目を細めた。


「ありがとう。

でも、私の譜面は、まだ調律の途中」


その言葉に、カイルの譜面が一瞬だけルナの旋律に重なった気がした。


それは、共鳴の予兆。

あるいは、恋の始まり。

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