サイケデリックな悪夢と心の共鳴
夜の帳が下りた王都に、奇妙な静寂が広がり始めていた。それは、街の喧騒や人々の話し声、風の音さえも溶かすような、絶対的な「無音」だった。ルナは胸騒ぎを覚えた。この異質な静けさは、魔奏病とは異なる、誰かの強大な魔術が作用している証拠だった。
隣を歩くノアが、静かに呟く。
「これは……ヴァレリオの魔術だ」
彼の無音の譜面が、この街の異変に敏感に共鳴している。カイルもまた、警戒した表情で空を見上げる。
「魔導士ギルドからの報告だ。各地で同様の現象が確認されている。幻奏の魔導士ヴァレリオ……彼が本格的に動き出した」
その瞬間、街の中心にある広場から、歪んだ「音」が流れ始めた。それはルナが知るどの旋律とも異なり、感情の輪郭を曖昧にする不協和音だった。人々は次々と虚ろな表情になり、まるで操り人形のように動きを止めていく。
ルナの脳裏に、**ジ・エレクトリック・プルーンズ(The Electric Prunes)の『アイ・ハッド・トゥー・マッチ・トゥ・ドリーム(I Had Too Much to Dream (Last Night))』**が浮かんだ。時間感覚を歪ませ、精神を惑わすその曲の効果が、目の前で現実となっていた。
ヴァレリオは漆黒のローブを纏い、感情のない瞳でルナを見つめている。彼の放つ魔術は、ルナの幼い頃の記憶を呼び起こす。家族を失った日の光景、魔力暴走の絶望的な「音」が、幻覚として目の前に現れた。ルナの無音の譜面が激しく乱れ、彼女は膝をつきそうになる。
「……ルナ!」
その時、ノアがルナの手にそっと触れた。彼の無音の譜面が、ルナの譜面に共鳴し、幻覚の「音」をかき消していく。そして、ルナはノアとカイル、二人の存在を心に感じ取り、心の奥底で覚醒する。
「一人じゃない……」
ルナは自身の調律結晶を掲げ、心の中で一つの旋律を思い浮かべた。
ザ・ゾンビーズ(The Zombies)の『ディス・ウィル・ビー・アワー・イヤー(This Will Be Our Year)』。
透明で希望に満ちたメロディーが、広場の歪んだ空気を浄化していく。その旋律は、魔力回復と希望をもたらす効果を持つ。ノアとカイルの譜面が、ルナの譜面に重なり、三人の心が一つになる。
ヴァレリオはルナの召喚術を見て、一瞬、懐かしさと驚きに満ちた表情を見せる。
「その音は……なぜ、君がそれを」
彼は、ルナが召喚するソフトロックと、彼自身が召喚するサイケデリックロックという、互いに似て非なる音楽の対立に気づく。
カイルがルナとノアを守るように前に立ち、熱い想いを込めて語る。
「ルナの音は、世界の希望だ。俺は、その希望を守る指揮者になる」
ノアはルナの手を握り直し、静かに告げる。
「僕の無音は、君の無音に共鳴することで初めて意味を持った。君の音は、僕が守る」
三人の想いが交錯する中、ヴァレリオは静かにその場を去っていく。
「いつか、君の『無音の旋律』が、本当に世界を救うのか……見届けさせてもらう」
その言葉を残して、彼は夜の闇に消えた。
戦いは終わったが、ルナは、ヴァレリオがなぜサイケデリックロックを召喚するのか、そしてノアとの関係に何があるのかという、新たな謎に直面する。そして、ノアの顔には、ルナへの深い感謝と、隠しきれない悲しみが混じり合った複雑な表情が浮かんでいた。




