多重共鳴都市、四重奏詠唱
南方の空に浮かぶ都市。
それは、魔力塔の共鳴によって空中に維持される、音楽魔術の実験都市だった。
だが今、その都市は“音の暴走”に揺れていた。
都市全体の譜面が、同時に複数の旋律を奏で始めていた。
感情譜面、記憶譜面、空間譜面、そして――意志譜面。
それらが互いに干渉し、共鳴し、暴走していた。
「……これは、譜面の自律化現象」
協会の解析官が、空間に浮かぶ譜面を指差す。
「都市そのものが、意思を持って音を奏で始めている」
ルナ・ミレイユ=クラウスは、都市の中心に降り立った。
彼女の譜面は、淡い金と緑に染まっていた。
それは、進化と育成の旋律。
ノアが、彼女の隣に立つ。
彼の譜面は、深い青と銀に揺れていた。
それは、支える者が“共鳴者”へと進化した証。
「君の音が、世界を目覚めさせた。
でも、都市は……自分で譜面を奏でようとしてる」
ルナは、都市の空間に耳を澄ませた。
風の音、建物の震え、人々の感情――
それらが、同時に複数の譜面として浮かび上がっていた。
「……これは、四重奏。
でも、調律されていない。
だから、都市が崩れかけてる」
彼女は、ハーモナイトを手に取った。
だが、通常の召喚では届かない。
空間が、音を拒絶していた。
「なら、私たちの譜面を重ねる。
四重奏詠唱、開始」
ルナとノアの譜面が重なり、共鳴を始める。
そこに、都市の空間譜面と感情譜面が加わる。
四つの旋律が、同時に響き始める。
「召喚――Spanky and Our Gang《Give a Damn》」
空間に、力強くも優しい旋律が広がった。
現実世界の60年代ソフトロック。
社会と個人の感情を繋ぐ、誠実で情熱的なコード進行。
それは、都市の感情を再構築する“共鳴の音”だった。
譜面が震え、都市の空間が整い始める。
建物が安定し、人々の感情が澄み、魔力塔が静かに脈動を始める。
ルナの譜面が、虹色に染まる。
それは、すべての音を受け入れた証。
それは、調律師が“世界の音の自律化”に触れた瞬間。
ノアの譜面も、深い銀から透明へと変化する。
それは、支える者が“音の一部”になった証。
「……都市が、自分で音を奏でてる。
でも、君の譜面が、その旋律を導いてる」
ルナは、都市の中心に立ち、静かに呟いた。
「調律、完了。
《リュミナ・ヴェール》、共鳴安定」
その夜、都市の空には、穏やかな旋律が漂っていた。
それは、都市が自ら奏でる音。
それは、世界が“調律師を必要としなくなる”未来の前兆。
ルナは、ノアと並んで都市の塔に座っていた。
「私の譜面は、もう導くだけじゃない。
これからは、聴くことも必要になる」
ノアは頷いた。
「君の音は、世界に響いた。
でも、僕は……君の音を、ずっと聴いていたい」
そして、二人の譜面に、淡い白が差した。
それは、沈黙の完成。
それは、恋と音楽が融合した“永遠の旋律”だった。




