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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
毒入りスープを飲み干して、無音の譜面を奏でる異常な私
3/50

毒の旋律、調律開始

学院の中庭に、異臭が漂っていた。


それは、魔力の“濁り”が空気に溶け出した証。

草花の譜面が乱れ、小鳥のさえずりが不協和音を奏でている。

魔力汚染――それは、魔奏病の前兆でもあった。


「またか……最近、多いな」


カイルが鼻をつまみながら呟く。

彼の譜面は、焦りと苛立ちでリズムを乱していた。


「この旋律……毒の音」


ルナは目を閉じ、空気の中に漂う“音”を聴いた。

それは、かつて彼女が故郷で嗅ぎ慣れた、死の匂いだった。


現場は、薬草温室の裏手。

倒れていたのは、薬術科の生徒だった。

彼の譜面は、黒く濁り、破れかけていた。


「魔力が逆流してる……このままじゃ、譜面が崩壊する!」


講師が叫ぶ。

だが、誰も手を出せなかった。

濁った魔力に触れれば、自身の譜面も汚染される。


「下がってください」


ルナが一歩、前に出た。


「クラウス嬢、君には無理だ。君の譜面は……」


「無音だからこそ、濁りに染まらない」


彼女は調律結晶ハーモナイトを取り出し、地面に膝をついた。

濁った譜面に、そっと触れる。


「……あなたの旋律、まだ終わってない」


彼女の指先から、淡い光が広がる。

無音の譜面が、濁った旋律を包み込むように重なっていく。


「調律、開始」


ルナの中に、毒の旋律が流れ込んでくる。

それは、苦しみ、怒り、恐怖――

だが、彼女はそれを“美しい”と感じていた。


(毒は、感情の澱。けれど、それもまた音)


彼女は旋律を読み取り、譜面を再構築する。

濁りを浄化するのではない。

濁りごと、美しい旋律に“調律”するのだ。


「……To Claudia on Thursday」


彼女が呟いた瞬間、空間に音楽が流れた。


現実世界の旋律。

60年代ソフトロックの名曲が、魔力の譜面として具現化する。


空間が揺れ、色彩が変わる。

温室のガラスが光を反射し、譜面が宙に舞う。


「な、なんだこの音は……?」


「空間が……調律されていく……!」


生徒たちが息を呑む中、濁った譜面が静かに整っていく。

黒く染まっていた旋律が、淡い青に変わる。


そして――


「……助かった……?」


倒れていた生徒が、ゆっくりと目を開けた。


「君、今の……召喚したのか? 音楽を?」


講師が震える声で尋ねる。


ルナは立ち上がり、静かに頷いた。


「これは、現実世界の旋律。

私だけが、召喚できる音です」


「そんな魔術、聞いたことがない……!」


「私の譜面は、無音。

だからこそ、外の音を受け入れられる」


その言葉に、誰もが言葉を失った。


その夜、ルナはひとり、温室に戻っていた。


「……毒の旋律は、やっぱり綺麗」


彼女はそう呟き、薬草の葉に触れた。

その指先に、微かな震えがあった。


(でも……あの旋律は、少しだけ、苦しかった)


彼女の譜面が、ほんの一瞬だけ、揺れた気がした。

それは、共鳴の予兆かもしれない。


だが、ルナはまだ知らない。

その“揺れ”こそが、恋の始まりであることを。

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