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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
月の旋律は、あなたの孤独な音を癒やすための愛の調べ
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幻奏再臨 ― You’re Gonna Miss Me

夜の学院は、静まり返っていた。

だがその静寂は、平穏ではなかった。

月光さえも震えるような、不穏な沈黙。

譜面の気配が、世界から一枚ずつ剥がれていく。


ルナ・ミレイユ=クラウスは、崩れた講堂の前に立っていた。

幻奏の魔導士ヴァレリオとの最初の邂逅から、数日が経っている。

学院は辛うじて鎮静を取り戻したが、音の流れはいまだ“調律”されていなかった。


「……また来る」

彼女は風の中で小さく呟いた。

ヴァレリオは“観察者として退いた”はずだった。

だが、幻奏の残響が夜空のどこかで今も揺れている。


背後から足音。

「やっと動けるようになったんだな」


振り向くと、そこにはカイルがいた。

包帯の巻かれた腕を押さえながらも、その瞳には熱が宿っている。


「……身体は?」

「平気じゃねぇけど、寝てる場合でもないさ。お前の調律を見届けたくてな」


数日前の戦闘で、カイルは幻奏の裂け目に巻き込まれた。

彼を救ったのはルナの“無音の吸収”。

彼女が幻の旋律を受け入れ、毒のような痛みとともに浄化したのだ。


「お前の無音ってさ、拒絶じゃなく“受け止める”んだな。

 あの瞬間、確かに俺の音が、お前の中に吸い込まれていった」


ルナは静かに頷いた。

「無音は空白じゃない。どんな濁りも、誰かの心も、そのまま包み込む“余白”。」


カイルは苦笑し、少し照れたように言った。

「だから怖ぇんだよ。底が見えねぇ」


――空が、裂けた。


夜空を横切るように、銀色の譜線が走る。

逆さまに並んだ音符、逆流する旋律。

そして、歪んだギターの幻影が空間を切り裂いた。


13th Floor Elevators《You’re Gonna Miss Me》。


荒々しいサイケデリックのイントロが、空から降り注ぐ。

幻奏の魔導士ヴァレリオが、再び現れた。


黒衣の裾が風を裂き、仮面の奥から低い声が響く。

「“音”は真実を暴く。君たちの共鳴は、美しいが脆い。

 ならば――幻で上書きしてみせよう」


音の壁が押し寄せた。

現実が波のように歪み、学院の塔が揺らめく。

笑い声、叫び、祈りが混線し、色彩が反転する。


「カイル、下がって!」

「嫌だ! お前ひとりに背負わせねぇ!」


ルナは《ハーモナイト》を掲げた。

無音の譜面が夜空に広がり、ギターの轟音を吸い込んでいく。


「調律――開始!」


空間が激しく波打つ。

幻奏が吐き出す音の渦を、無音が一つひとつ包み、飲み込んでいく。

ルナの身体に光が走り、カイルの毒の旋律がそれを支える。


「お前の無音は、共鳴の“反響板”だ!」

「……音を拒むんじゃない。聴いて、受け入れて、変える!」


幻奏のリズムが歪む。

ヴァレリオの仮面の下から、怒りと驚きが交じった声が漏れた。


「そんな調律、あり得ない……無音は空白、沈黙は死のはずだ!」

「違う。沈黙は、始まりの音!」


無音の譜面が眩く輝き、ギターの幻影を吸い込み、破裂するように光が弾けた。

音の波が静まり、夜の空気が澄み渡る。


ヴァレリオは膝をつき、仮面に亀裂を走らせながら笑った。

「……面白い。君の沈黙は、僕の幻よりも深い」


彼は残響だけを残し、音の霧の中へと消えた。


静寂。

それは恐怖ではなく、再生の予感を含んだ沈黙だった。


カイルが笑う。

「なぁ、ルナ……あの音、消えたんだよな?」

「ううん。まだ、私の中で鳴ってる。

 “幻も、受け入れられる音”として。」


風が吹き抜け、月光が崩れた譜面の上に降り注いだ。

無音の旋律が、夜空の奥で静かに波紋を描いていた。

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