幻奏の塔、崩壊の前奏
第三層の調律が完了した瞬間、幻奏の塔全体が静かに震えた。
それは、崩壊の予兆。
それは、音の終わりではなく、“再構築”の始まりだった。
ルナ・ミレイユ=クラウスは、塔の最深部に立っていた。
彼女の譜面は、虹色に染まっていた。
それは、すべての感情が重なった旋律。
それは、調律師としての“完成”の証だった。
ノアが隣に立つ。
彼の譜面も、無音から淡い青へと変化していた。
無音同士の共鳴が、確かな音楽になった瞬間。
「君の譜面は、もう無音じゃない。
僕の譜面も、君と重なって初めて響いた」
ルナは、塔の中心に浮かぶ“幻奏核”を見つめた。
それは、ヴァレリオの精神残響が凝縮された魔力の結晶。
黒と紫の旋律が絡み合い、空間を歪ませていた。
「……この譜面は、まだ終わっていない。
彼の音は、壊れながらも、何かを伝えようとしている」
そのとき、空間にヴァレリオの声が響いた。
「君の譜面は、僕の譜面を浄化した。
だが、僕はまだ“音の真理”に届いていない。
ならば、君に託そう。
僕の譜面を、君の旋律に重ねてくれ」
ルナは、ハーモナイトを手に取った。
「……あなたの音は、濁っていた。
でも、そこには確かに“美”があった。
私は、それを調律する」
ノアが、彼女の手に触れた。
「二重奏詠唱、再起動」
二人の譜面が、幻奏核に向かって重なった。
無音と無音。
だが、その中心に、確かな旋律が生まれる。
「召喚――The Millennium《The Island》」
空間に、静かで幻想的な旋律が広がった。
現実世界の60年代ソフトロック。
孤独と再生をテーマにした、深いコード進行と詩的なコーラス。
それは、世界そのものを“再構築”する音だった。
幻奏核が震え、黒い譜面が崩れ始める。
濁りが浄化され、旋律が整い、空間が澄んでいく。
塔の壁が崩れ、譜面が空へと舞い上がる。
それは、音の解放。
それは、感情の再生。
それは、世界の“調律”だった。
カイルが、塔の外で空を見上げていた。
「……ルナの音が、世界に届いてる。
俺の譜面も、少しだけ……整ってきた気がする」
レオンは、譜面ノートを閉じた。
「完璧な譜面なんて、存在しない。
彼女の譜面は、揺らぎの中にこそ、美がある」
塔が完全に崩れたとき、空に虹色の旋律が広がった。
それは、ルナの譜面が世界と共鳴した証。
その夜、ルナは協会の屋上で月を見上げていた。
ノアが隣に立つ。
「君の譜面は、世界を調律した。
でも、僕には……最初から聴こえてた」
ルナは微笑んだ。
「ありがとう。
あなたの譜面が、私の音を導いてくれた」
そして、彼女の譜面に、静かな白が差した。
それは、すべての音を包み込む“沈黙の完成”。
それは、調律師が“音の真理”に触れた瞬間だった。




