幻奏の塔、目覚めの序曲
魔術師協会本部の空が、突然、濁った旋律に包まれた。
譜面が震え、感情が混線し、空間が歪む。
それは、音の侵食。
それは、幻奏の再来。
「……これは、ヴァレリオの譜面」
ルナ・ミレイユ=クラウスは、塔の頂で空を見上げた。
黒い旋律が、雲のように広がっている。
それは、かつて彼女が調律したはずの“幻奏結晶”の残響。
「調律が、完全じゃなかった……?」
ノアが隣に立つ。
彼の譜面は、無音のまま。
だが、ルナの譜面と重なったときだけ、微かに震える。
「君の譜面は、濁りに触れられる。
でも、これは……君ひとりでは危険だ」
カイルが、解析室から駆け込んできた。
「結晶の中に、第二層があった!
ヴァレリオの譜面が、自己再生してる!」
彼の譜面は、焦りと怒りで乱れていた。
レオンは、塔の下から空を見上げていた。
「これは、幻奏の塔。
ヴァレリオが残した“音の遺構”だ。
彼は、譜面を空間に刻んだ」
彼の譜面が、微かに揺れていた。
完璧な旋律が、恐れによって乱れている。
そのとき、空間が裂けた。
黒い塔が、空に浮かび上がる。
それは、音で構成された建造物。
旋律が柱となり、譜面が壁となり、感情が天井を支えている。
「……これは、魔術じゃない。
これは、音楽そのものが建てた塔」
ルナは、ハーモナイトを手に取った。
「調律、開始します」
だが、譜面が拒絶した。
無音の旋律が、黒い塔に弾かれる。
感情が暴走し、空間が軋む。
「君の譜面が、傷つく!」
ノアが叫び、彼女の手を握った。
「なら、共鳴する」
ルナは、彼の譜面に触れた。
無音と無音。
だが、その中心に、微かな旋律が生まれる。
それは、愛の音。
それは、信頼の音。
「召喚――The Millennium《I Just Want to Be Your Friend》」
空間に、優しい旋律が広がった。
現実世界の60年代ソフトロック。
友情と絆をテーマにした、柔らかなコード進行とコーラス。
それは、塔の譜面に“共鳴”を促す音だった。
黒い塔が、微かに震えた。
譜面が揺れ、感情が整い、空間が澄んでいく。
「……この音は、拒絶ではなく、接触。
塔が、応えてる」
カイルが、塔の根元に薬草を植えた。
「音の根を作る。
君の旋律が、塔に届くように」
レオンは、譜面ノートを開いた。
「君の譜面は、塔の譜面と干渉してる。
これは、調律の前奏だ」
ルナは、塔に向かって歩き出した。
「私は、無音の調律師。
でも、誰かと音を重ねることで、旋律になる」
その夜、空に浮かぶ幻奏の塔は、静かに震えていた。
それは、目覚めの音。
それは、再構築の音。
それは、調律師が“塔と対話する”ための序曲だった。
ルナの譜面が、淡い青と金に染まった。
それは、希望と覚悟の色。
それは、次なる調律への“扉”だった。




