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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
月の旋律は、あなたの孤独な音を癒やすための愛の調べ
22/50

調律師、沈黙の会議へ

学院中央棟の最上階。

月光を取り込むガラスの天井の下で、学院会議が開かれていた。

長机の上には無数の譜面と魔力計が並び、教師たちの表情は一様に硬い。

空気には張り詰めた弦のような緊張が漂っていた。


議長席に座るのは、学長オルグレイン。

白髪の老人は、沈黙のまま一枚の報告書を手にしていた。

その報告書には――“無音の調律術による暴走事例”と記されている。


「……以上が、ルナ・ミレイユ=クラウスによる実験記録です」

報告を終えた研究主任の声は淡々としていた。

しかし、その言葉の一つひとつが、まるで冷たい刃のように会議室の空気を切り裂いた。


「魔力暴走の危険性は明白だ」

「無音を扱うなど、愚行に等しい」

「協会への報告義務を怠れば、学院の存続にも関わるぞ」


教師たちの声が次々と重なり、低い不協和音となって広がる。

議場の片隅で、それを聞いているルナの胸は冷たく締め付けられた。

彼女の足元には、ひときわ白く輝く《ハーモナイト》。

それはまるで、主の動揺を映すかのように微かに震えていた。


(……やっぱり、怖がられてる)


ルナは唇を噛んだ。

彼女の“無音の調律”は、従来の理論では説明できない。

音を消し、沈黙の中から旋律を呼び戻すという異端の術。

一度でも暴走すれば、周囲の音そのものを奪ってしまう。

学院が恐れるのも当然だった。


だが――彼女の背後には、三つの影が立っていた。

カイル、ノア、そしてレオン。

それぞれが異なる表情で、同じ方向を見つめている。


「発言を許可する」

学長の声が響いた。

カイルが立ち上がり、会議室の中央へと歩み出た。


「危険だからといって、拒絶するのは簡単です。

 けれど、“無音”を恐れるあまり、音を閉ざすのは違う」


彼の声は真っ直ぐだった。

教師のひとりが眉をひそめる。

「カイル・アーヴィング、君は学生だ。発言を慎め」

「学生だからこそ言えます。

 あの術で、僕は救われたんです。ルナは、壊れた譜面を“聴き取った”」


会議室がざわめいた。

オルグレイン学長が目を細め、低く問う。

「壊れた譜面を……聴き取った、だと?」

「はい。理論では説明できない。でも、事実です」


ルナは驚いて彼を見る。

カイルの声には一切の嘘がなかった。


「彼女の“無音”は、破壊じゃない。治癒です。

 沈黙の中で音を受け止める力なんです」


教師たちは互いに視線を交わし、ひそひそと議論を始めた。

だが、レオンが静かに口を開いた。

「理論上、無音の調律は不安定だ。

 だが、我々が定義できないという理由で、封印するのは愚かだ」


「レオン……」

ルナは彼の言葉に息をのむ。

冷静な理論派の彼が、自分を庇うなど想像もしていなかった。


「音楽は常に未知を孕む。

 新しい調律を恐れていては、調律師である意味がない」


その言葉に、ノアが続いた。

彼はただ一歩前に出て、短く言った。


「沈黙を恐れる者に、音は聴こえない」


その瞬間、議場の空気が変わった。

それまでの喧騒が嘘のように消え、誰もがノアを見た。

無音の調律師――彼の言葉には、確かな説得力があった。


オルグレイン学長は、しばし目を閉じた。

そして静かに口を開く。


「……なるほど。

 確かに“音を奪う力”は危険だが、同時に“音を取り戻す力”でもあるというわけだな」


沈黙。

やがて、老学長の口元にかすかな笑みが浮かんだ。


「ルナ・ミレイユ=クラウス。君に再調律の機会を与える。

 だが、条件がある。次の満月までに、“音と沈黙の共存”を証明してみせなさい」


会議室がどよめいた。

ルナは立ち上がり、深く頭を下げる。


「……はい。必ず、証明してみせます」


その声は震えていたが、確かに響いた。

《ハーモナイト》が光を放ち、会議室の壁に微かな波紋が走る。

それはまるで、沈黙が音を受け入れる瞬間のようだった。


教師のひとりが思わず呟く。

「……聴こえた、か?」

誰も答えない。

だが、その場にいた全員が、確かに“何か”を感じ取っていた。


カイルがルナの隣に立つ。

「これが、君の“音”だよ」

「ううん……みんなの、だよ」


ルナは微笑み、月光の下で譜面を閉じた。

その表情は、恐れよりも希望に近かった。


こうして、学院は再び動き出す。

無音と音の狭間で、世界の調律は新たな段階へと進み始めた。

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