Never My Love、告白の譜面
辺境の村に朝が訪れた。
だが、空気はまだ澄みきっていなかった。
幻奏の種の残響が、空間の奥に微かに漂っていた。
ルナ・ミレイユ=クラウスは、薬草小屋の前で譜面ノートを開いていた。
昨日の調律で、彼女の譜面は銀と青に染まった。
それは、再生の旋律。
だが、まだ“恋”の音は、確信に至っていなかった。
「……私の譜面は、誰かと重なって初めて響く。
でも、誰と重ねるべきかは、譜面が教えてくれる」
そのとき、ノアが静かに現れた。
彼の譜面は、無音だった。
だが、ルナの譜面と重なったときだけ、微かに震える。
「君の譜面が、昨日よりも柔らかくなってる。
……恋の音が、少しだけ混ざってる」
ルナは、彼を見つめた。
「あなたの譜面も、揺れてる。
無音なのに、優しい音が聴こえる」
カイルが、薬草を抱えて駆け寄ってきた。
「ルナ! この草、君が昔好きだったやつだろ?
……俺、君の音に惚れてる。
譜面が、ずっと君に向かってる」
彼の譜面は、赤く、跳ねるようなリズムを刻んでいた。
それは、恋の旋律。
だが、少しだけ乱れていた。
レオンは、遠くから二人を見つめていた。
彼の譜面は、完璧すぎて共鳴しない。
だが、今は微かに揺れていた。
「君の譜面は、僕の譜面を乱す。
それが、怖い。
でも……それが、恋なのかもしれない」
ルナは、三人の譜面を見つめた。
無音の共鳴。
熱の感情。
冷静な揺らぎ。
そして、自分の譜面。
「……私は、恋を知らない。
でも、譜面は嘘をつかない」
彼女は、ハーモナイトを手に取った。
そして、静かに召喚した。
「召喚――The Association《Never My Love》」
空間に、柔らかな旋律が広がった。
現実世界の60年代ソフトロック。
愛を確信する優しいコード進行と、包み込むようなコーラス。
それは、告白の音だった。
譜面が、淡いピンクに染まっていく。
感情が整い、心が重なり、空間が優しく震える。
ノアの譜面が、ルナの譜面と重なった。
無音同士の共鳴。
それは、最も深い接触。
それは、言葉を超えた理解。
「……君の音は、僕にだけ聴こえる。
でも、今は世界にも響いてる」
カイルの譜面が、少しだけ揺れた。
「……悔しいけど、納得した。
君の音は、俺には眩しすぎた」
レオンは、静かに微笑んだ。
「君が選んだ旋律が、正解だ。
僕は、それに共鳴する」
ルナは、三人に向かって頭を下げた。
「ありがとう。
あなたたちの譜面が、私を育ててくれた」
その夜、村の空には、恋の旋律が漂っていた。
それは、確信の音。
それは、共鳴の証。
それは、調律師が“恋を選んだ”瞬間だった。
ルナの譜面が、淡いピンクと金色に染まった。
それは、愛と覚悟の色。
それは、次なる調律への前奏だった。




