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月奏の調律師 〜無音の旋律は恋を知らない〜  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
恋を知らない私の無音が、あなたの旋律と共鳴した日
12/50

幻奏の魔導士、現る

学院全体を覆う“静けさ”は、その日、いつもと違っていた。

それは沈黙でも安らぎでもなく――“音の死”だった。


中庭の木々は旋律を奏でず、学生たちの譜面も微かに震えることをやめていた。

まるで誰かが、世界から音をひとつずつ剥ぎ取っていくような奇妙な感覚。

風は吹いているのに、葉の擦れる音がない。誰かが笑っても、譜面は色を失ったままだった。


(……おかしい。これは、ただの濁りじゃない)

ルナの胸に、不協和音のようなざわめきが広がっていく。

魔力の流れそのものが、どこかで“逆再生”されている――そんな違和感だった。


昼休みの少し前。

学院の中心、大講堂の天井に、銀色の線が一筋、音もなく走った。

最初は誰も気づかなかった。

だが、その線はゆっくりと広がり、まるで空に“譜面”が描かれていくように変化していく。

見上げた学生たちの間に、静かなざわめきが走った。


「……なに、あれ……?」

「召喚魔術……? でも、譜面が逆さま……」


光の譜面は天井一面に広がり、やがて――“鳴った”。


それは音楽ではなく、魔術ですらなかった。

まるで、夢と現の境界が破れる音。

空間が歪み、譜面が波打ち、学生たちの感情が混線していく。


笑い声が悲鳴に変わり、喜びが憎しみに反転し、旋律が逆流した。

大講堂全体が、一瞬にして“幻”へと変質していく。


その中心に、ひとりの男が立っていた。

黒いローブ、銀の譜面を刻んだ仮面――

幻奏の魔導士、ヴァレリオ。


彼の背後に、The Electric Prunes「I Had Too Much to Dream (Last Night)」が流れ始める。

ギターの幻影が空間を切り裂き、サイケデリックな色彩が壁に滲み、床が波のように揺れる。

譜面は逆転し、感情はねじ曲げられた。


「……あなたが、この幻を」

ルナは震える空間の中で、ヴァレリオを見据えた。


仮面の奥から響く声は、低く、耳の奥に残響を残す。

「“音”は脆い。共鳴は必ず歪む。

人の心は不協和音の塊だ。ならば、調律ではなく――幻で支配すればいい」


その声に呼応するように、講堂全体の譜面がさらに歪んだ。

学生たちの感情が次々と反転し、友が敵に、愛が憎しみに変わっていく。


「特に――君のような『無音の譜面』は、侵食しやすい」

ヴァレリオは仮面の奥で笑った。

「空白は、最も壊しやすい」


(……私の無音を、侵そうとしている)

ルナは《ハーモナイト》を握り締めた。逃げる選択肢はなかった。


ヴァレリオが手を掲げた瞬間、講堂に別の音が流れ込んだ。

13th Floor Elevators「You're Gonna Miss Me」

荒々しいガレージサイケが空間を満たし、壁が脈動し始める。

旋律が嵐となって襲いかかり、譜面が次々と砕けていく。


「ルナ!」

カイルが駆け寄ろうとするが、幻覚の壁に阻まれた。

進もうとするたびに、廊下がねじれ、道が遠ざかる。


ノアが前に出る。

無音の譜面が、幻奏の嵐の中で微かに震えた。

「……君の譜面、まだ響いてる」


ルナは深く息を吸い込み、目を閉じた。

「……私は沈黙の調律師。幻は――聴くことで壊す」


無音の譜面が展開される。

ヴァレリオの幻奏とぶつかり、白と黒、沈黙と幻が激しく衝突した。

音のない光が幻の渦の中に細い道を穿つ。


その隙を突いて、カイルが毒草の旋律で幻の壁を裂き、ノアが幻の中でルナの足場を守った。

三人の譜面が、瞬間的に重なった。

無音、熱、静謐――三つの旋律が交錯し、講堂の中央に一筋の光が生まれる。


「……まだ壊れていないか。ならば――面白い」

ヴァレリオは低く呟き、幻奏の旋律を残したまま姿を消した。

その退場は敗北ではなく、あくまで“観察者”としての引き下がりだった。


音が消えると同時に、講堂には重苦しい静寂だけが残った。

床には砕けた譜面が散らばり、学生たちは膝をつき、震えていた。

ルナは膝をつき、深く息を吐いた。


(……これは、始まりにすぎない)


夜。

学院は不自然なほど静かだった。

だがそれは沈黙ではなく、何かが“近づいている”予兆のようだった。

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