This Will Be Our Year
魔力暴走事件から一夜が明けても、学院の空気は沈んでいた。
中庭の花は萎れ、譜面の色彩はくすんでいる。学生たちの旋律は不安と混乱に満ち、音のない沈黙が校舎を包んでいた。
ルナは、音楽室の窓辺に立っていた。
昨日の“共鳴”の余韻が、まだ胸の奥に残っている。ノアの譜面と重なった瞬間、彼女の無音が震えた。それは、初めて誰かと心を重ねた証だった。
だが、学院全体はまだ“濁り”の中にある。
魔力の乱れは、空間だけでなく、人々の感情にも影響を与えていた。教師たちは沈黙し、生徒たちは互いの譜面を避けるようにしていた。
「……このままじゃ、旋律が死んでしまう」
ルナは呟いた。
彼女はハーモナイトを手に取り、静かに目を閉じる。
そして――召喚した。
現実世界の音楽を。
The Zombies – “This Will Be Our Year”
その旋律は、空間に広がった。
柔らかなピアノのイントロ。希望に満ちたコード進行。歌声の代わりに、魔力が譜面として視覚化される。
空気が震え、色彩が戻る。
学生たちの譜面が、静かに反応し始める。濁っていた旋律が、少しずつ澄んでいく。感情が、音に変わる。
「……これは、何の魔術?」
教師の一人が呟いた。
ルナは答えなかった。ただ、旋律を奏で続けた。
魔力の譜面が空間に浮かび、学院全体を包み込む。まるで、音楽そのものが“希望”を語っているようだった。
そのとき、カイルが駆け寄ってきた。
「ルナ! 君が……この旋律を?」
彼の譜面は、乱れていた。だが、今は少しだけ整っている。
「君の音、すごいよ。まるで、空間が息を吹き返したみたいだ」
ルナは微笑んだ。
「音楽は、感情の調律。魔力の再生。希望の旋律」
その言葉に、カイルは目を見開いた。
「……君は、調律師じゃなくて、指揮者だ。世界の旋律を導く者だ」
その言葉に、ルナの譜面が震えた。
遠くから、レオンがそれを見ていた。
彼の譜面は、完璧すぎて共鳴しない。だが、今は少しだけ揺れていた。
「彼女の譜面……色づいている」
レオンは呟いた。
ノアは、静かにルナの隣に立った。
「君の音は、僕にも聴こえる。昨日より、少しだけ明るくなった」
ルナは彼を見上げ、微笑んだ。
「あなたの譜面が、私に色をくれたの」
その瞬間、空間に響いていた旋律が、最高潮に達した。
This will be our year, took a long time to come
その歌詞が、魔力の譜面として空間に浮かび、学院全体を包み込む。
学生たちの譜面が、一斉に震えた。
希望の旋律。
それは、魔力の再生。
それは、感情の共鳴。
それは、ルナの存在が、学院に認められ始めた瞬間だった。
その夜、ルナは屋上にいた。
月が、静かに輝いている。
「……私の譜面、少しだけ音を持った」
彼女は呟いた。
ノアが隣に立つ。
「君の音は、まだ始まったばかりだ」
ルナは頷いた。
「でも、確かに聴こえる。希望の音が」
そして、彼女の譜面に、初めて“黄色”が差した。
それは、希望の色。
それは、未来の旋律。
それは、恋の始まりと、世界の再生の予兆だった。




