死神は遅れてやってくる
車内は、妙に静かだった。
外の景色が流れていく。知らない山道。見慣れないトンネルの入り口。
「……先生、どこに行んですか?」
平然を装おうとするが、どうしても声が震える。
「少し遠回りなだけさ。安心して、沢城くん。」
香月先生は変わらぬ微笑みでそう答えた。
でも、おかしい。 こんなの、いつもの香月先生じゃない。
──クロウ。 私は、手の甲の紋章に意識を集中させた。 心の中で、何度も呼びかける。
『クロウ……クロウ、助けて……』
けれど返事は来ない。
視界がじわじわと暗くなる。身体が冷える。 何かが、削られていくような感覚。
車は山を登りきり、やがて脇道に逸れると、古びた洞窟の前で止まった。
「さあ、降りようか」 返事もできないまま、私は連れ出された。
洞窟の中はひどく冷えていて、空気が腐ったようなにおいがした。
「…っ…!?」
洞窟の奥に、女の子たちが倒れていた── 制服姿の6人。
全員、目は開いているのに、誰も動かない。
「ミオ……!」
私は声を上げて駆け寄った。
彼女の顔には傷一つなかった。
ただ、まるで……魂だけがどこかへ抜けてしまったような表情をしている。
「彼女たちは“清らかな魂”を持っていた。君もその一人さ、沢城くん。」
香月の声が、背後から響く。
「魂を7つ。それが“鍵”なんだ。僕はね、その儀式の導き手なんだよ。」
──何を言ってるの?
でも、私の身体は金縛りのように、動かなくなっていた。
「眠るように、君の魂をもらうよ」
薄れゆく意識の中…
『クロウっ!!!!』
私は魂から叫んだ。
その瞬間ーー 黒い花びらが、ふわりと舞った。
洞窟の中には絶対にあるはずのない、黒い薔薇の花弁。
ひとひら、またひとひら。
──クロウ……?
轟音。
闇を裂くような風が洞窟を駆け抜ける。
黒いローブの影が、ゆらりと現れた。
「……クロウ!!」
クロウが洞窟の天井から舞い降りる。
「……死神の契約を、甘く見ないことだな」
「……君、どうしてここに……?」
香月先生が、驚愕した表情で後退る。
「本来ならば通れない。しかし、俺とユリカは契約済みだ。“例外”は、時として道を開く」
クロウの手には、死神の鎌。
その重々しい鉄の鎌が、ゆっくりと振り上げられる。
「お前が、犯人か?」
香月先生の目が、細められる。
「僕がやった?違うよ……僕はただ、導いているだけさ」
その瞬間。
香月先生の身体から、黒い大きな影が──覆うように現れる。
「お前は……いったい……!」
クロウの声が低くなる。
香月先生の口元が、にぃっと歪む。
そして──
「消えろ、死神!!」
香月から放たれた何かの力が、クロウの鎌を弾き飛ばした。
「っ……!」
クロウが膝をつく。
更に香月先生の猛攻が続く。
私は震えながら、必死に周囲を探す。
なにか……なにかできること……!
──あれは。 洞窟の隅に、キラリと光る鎌が目に入った。
私は、鎌を拾い、クロウに駆け寄る。
「クロウ、これを……!」
「させるかっ!!!」
その瞬間、香月先生から発される何かの力が走り抜ける。
私は、鎌を握ったまま、香月先生に向けて振り下ろしてしまった。
「やめ──」
ガンッ!! 鎌が香月の肩に食い込んだ。
そこから、黒い煙のようなものが吹き出し……黒い巨大な何かが逃げていった。
香月先生は、地面に崩れ落ちる。
「これは……いったい……?」
呆然とする私のもとに、クロウが近づいてくる。
「助かった。ユリカ、お前は一体何をした──」
そのとき。
「……ユリカ……?」
ミオの声だった。
気付けば、他の女子たちも意識を取り戻していた。
「……ミオっ!!よかった……!」
私はミオを抱きしめた。
香月先生は、ただ座り込んでいた。
まるで、自分が何をしていたのか覚えていないように。
暫くしてーー
「じゃあ……犯人、逃げちゃったってこと?」
私は、クロウの顔を見上げた。
「そうだな。」
「……そっか、じゃあ、契約通り……私の命、持っていっていいよ」
クロウは一瞬目を大きく見開いたあと、静かに笑った。
「いや、お前は約束通り犯人を見つけた。契約は、完了した。 沢城ユリカ──もう、死ぬなよ。」
クロウの声が、ひどく優しかった。
そして、ふわりとその姿が夜の闇に溶けていった。