不信と真実の間に
通学路を自転車で走る。
いつもより人が少ない。
開いているはずの店も閉まっていて、街全体がどこか沈んだ空気に包まれていた。
「……やっぱ、事件のせいかな」
ミオの失踪に続き、レンに告白した女子までもが姿を消した。
町は一気に緊張に包まれていた。
「ユリカ、今日は校外に怪しい動きがないか見てくる。万が一何かあったら、これを使え」
クロウがそう言うと、私の手の甲に黒い紋章が浮かび上がった。
「これ……?」
「契約の紋章だ。普通の人間には見えない。念じれば、離れていても俺と通じ合える」
私は小さく頷いた。
……もう私は“普通の人間”じゃないってことか。
「わかった。何かあったら呼ぶね」
クロウは満足げに微笑むと、ふっと空気に溶けるように姿を消した。
学校に着くと、教室内も異様な静けさに包まれていた。
生徒たちはヒソヒソと話している。
「レンが、最後にあの子と話してたって……」
「二人ともいなくなるなんて、偶然にしては出来すぎてるよね……?」
私は俯いたまま、自分の席についた。
──レンが疑われてるんだ。
しばらくしてもホームルームは始まらず、代わりに無機質な放送が鳴り響いた。
『全校生徒は速やかに体育館へ集合してください。繰り返します──』
体育館では、異例の全校集会が始まった。
「本校から二名の生徒が失踪したことを重く受け止め、当面の間、休校とします」
生徒たちが、ザワザワと騒ぐ。
「静粛に!不要不急の外出は避け、一人での行動は絶対に控えるように。現在も安否確認が続いています」
校長の声は硬く、どこか怯えているようにも聞こえた。
まるで、日常が急に“裏返った”ような感覚。
私たちは今、確かに“事件の中”にいる。
短いホームルームを終えて直ぐに下校になった。
……クロウに報告しなきゃ。
私は手の甲の紋章をそっと撫でながら念じた。
『クロウ、聞こえる?』
『ああ、どうした?』
『しばらく休校になるって。そっちは?』
『特に何もないが、少し調べたい事が……』
そのとき──
「沢城、ちょっと話せるか」
背後から声をかけられ、振り返るとそこにはレンがいた。
その表情は、どこか沈んでいる。
「……俺じゃない。あの子のことも、そもそも付き合ってねえし!…その、俺は知らない。」
私は、何も言えなかった。
信じたい。
でも、昨日、二人が一緒にいるのを確かに見た。
私……レンのこと、本当に信じていいの?
心のどこかで疑ってる自分もいる。
そのとき、頭に鋭い痛みが走った。
「……っ!」
視界が歪み、遠い記憶が蘇る。
──あの日。交通事故で、私は死にかけた。
そして、あのとき──
……銀の髪。赤い瞳。黒いローブ。
あれって、やっぱり……クロウ……?
「沢城っ!」
レンの声が響いた直後、もうひとつの声が重なる。
「大丈夫か、沢城くん!」
香月先生が駆け寄り、私の身体を支えてくれた。
「今日は無理するな。送っていくよ」
頭痛のせいで意識が朦朧とする中、私は香月先生の車に乗せられた。
けれど、胸の奥に不安が広がっていた。
──あれがクロウなら、なぜ、クロウは釜を振り下ろさなかったの?
「沢城くん、大丈夫か?」
車内の先生は、いつもと同じように優しかった。
でも、どこか違和感があった。
「沢城くんは、いい生徒だよな。
家族思いで友達思いで…。ずっと見てたんだよ。」
「……え?」
「なあ、お母さんを心配させたくないだろ?……凄くいい場所に連れていくよ。
少しだけ寄り道しよう。」
「え……?ちょっと、先生?」
胸のざわつきが、確信に変わる。
──これは、おかしい。
『……助けて、クロウ!!』
その頃ーー
クロウは、死神にのみ許された“死のノート”を手にしていた。
パラ、とページがめくれたその瞬間。
黒いインクのようなものが滲み、ひとつの名前が浮かび上がる。
『沢城ユリカ』
「……なに?」
赤い瞳が細められる。
「なぜ、ユリカが……!」
クロウはすぐさま彼女の元へ向かおうとする。
だが──
「……ッ、追えない……?」
強制的に、空間から“引き離された”。
「……ユリカ!!!」
叫びは届かない。
空は、もう夕暮れの色に染まりはじめていた。