死神との契約
──冷たい風が頬をかすめる。
辺りはすっかり夜になっていた。
ミオの姿はどこを探してもない。
「……どうして、消えちゃったの……?」
私は立ち尽くしたまま、その場にしゃがみこんでしまった。
クロウは、黒いローブをはためかせながら、静かに私の隣に立つ。
「名簿に名はある。死の瞬間、名は消える。…まだ死んではいまい。」
「さっき言ってた黄泉の国の法則って何よ……?」
「ああ。死が迫れば我ら死神はターゲットがどこにいようが追うことができる。
我らがこの鎌を振り下ろす時にのみ死が訪れる。それが黄泉の法則だ。」
クロウは黒光りするよく研がれた大きな鎌を瞬時に取り出し私に見せる。
私は、胸をぎゅっと握りしめた。
「…ターゲットが見つからなかったら?」
「そんな事は前代未聞だ。
だがこれは、何らかの力が加わっているはず…」
死神でも分からない前代未聞の何か……
「──ねえ、その犯人一緒に見つけてあげようか?」
クロウの赤い目が一瞬大きく見開かれる。
「きっと、その犯人にミオは囚われてるはず。
だから、犯人が見つかったらミオを殺さないで!」
「ほう。それでーーターゲットしか見つからなかったら?」
「ーー私の命をあげる。」
風が止んだように感じた。
「それで、命の帳尻つくでしょ!だからミオを助けて!」
クロウが、ゆっくりとこちらに目を向ける。
赤い瞳に、わずかな揺らぎが浮かんでいた。
「契約として、成立とする」
彼の声が落ちると同時に、私の手の甲に、黒い印のようなものが浮かび上がった。
まるで焦げ跡のように、それは皮膚に染み込んでいく。
「っ……!」
「怖れるな。契約とは“可能性の錠”だ。
希望なくしては成立しない」
クロウはそう言いながら、ふっと笑った。
「だが……この件、ひとならざるものの陰謀の臭いがする。
死神すら関知できぬ“何か”が動いているのは間違いない。」
私は力強くうなずいた。
「なら、絶対に突き止めよう!犯人を見つけて、ミオを取り戻す!」
翌朝──
「続いてのニュースです。昨日、○○市の高校に通う女子生徒が行方不明に──」
テレビの画面に、ミオの名前と制服姿の写真が映っていた。
私は手に持っていたトーストを落としかけた。
「これってミオちゃんよねっ……!?」
母が声を上げる。私は何も言わず、ただテレビを見つめた。
本当は、家に帰ってるんじゃないかと思ってたけど、やっぱりミオは消えたんだ。
たった一日の失踪でニュースになるほど、この事件は大事になってる…。
私は制服の胸元を強く握りしめた。
絶対に、見つけるから──!
学校に着くと、校内はざわついていた。
「ねえ、あれってミオちゃんだよね……」
「うわ、本当に……」
だけど私は、ただ前を見て席に座った。
クロウはいつのまにか教室の隅に立っていて、誰にも見えていないようだった。
「……異常はない。少なくとも、この場に“死の香り”はないな」
クロウは空気を嗅ぐように目を細めながら言った。
「“死の香り”……?」
「死に至る者は、わずかに空気を焦がすような“におい”をまとっている。俺には、それがわかる」
私は少し驚きながらも頷いた。
死神って、なんか…すごい。
休み時間、香月先生がやってきて、静かに私の隣にしゃがんだ。
「沢城くん、大丈夫か?」
「……はい」
「親友が居なくなって、君も不安だろう。なにか話したいことがあれば、いつでも職員室に来なさい。一人で抱え込むなよ?」
その言葉が、妙に胸に染みた。
私のことをちゃんと見てくれてるんだな……って。
香月先生……優しいな
放課後ーー
自転車置き場の横の木陰で、私はミオとのLIMEのやり取りを見返していた。
どこかに失踪のヒントがあるんじゃないかと…
「レン君っ!!」
ふいに女の子の声が響き、顔を上げると──
「……っ」
レンが、別クラスの女子から何かプレゼントを受け取っていた。
照れたように笑って、軽くお辞儀してる。
私はそっと目をそらす。
……そうだよね。
私が勝手に恋してるだけで、レンには関係ない。
私が心の中でつぶやくとーー
「……なぜ、落ち込んでいる?」
クロウが背後から声をかけてきた。
「うわっ、いきなり現れないで!」
「……俺は常にいた」
「うるさい……放っといてよ」
私が背を向けると、クロウは不器用な間を開けて言った。
「……その男が好きなのか?」
「はあ!?」
思わず振り向く。
「人間の寿命は短い。生殖のためにわざわざ恋愛たるものに一喜一憂するなんぞ、バカらしい。」
「う、うるさいわね!そういう理屈じゃどうにもならないのが、恋愛なのっ!」
「……そうか。理屈で片付かないものか…。」
クロウは目を伏せた。
「……どうせいつかは死ぬのだ。それまでは何度でもお前の恋愛とやらも幸運な機会が訪れるだろう。」
不器用な言葉だったけど、スッと心の奥に届いた。
もしかして、励まして…くれたのかな?
その夜ーー
「……今日はここで過ごす。よく考えたらお前に何かあっても困るからな」
クロウは当然のように、私の部屋に入ってきた。
「ちょ、待って!? いやいやいや、何考えてるの!? 男の人でしょ!?」
「俺は“死神”だ」
「それは男じゃないって意味じゃないでしょ!!」
「……大声を出すな。母親が起きる」
「くっ……!」
私は顔を真っ赤にしながら、ベッドに潜り込むと、枕元のクッションをクロウに投げ付ける。
「じゃあ…そのクッション使っていいから、壁際に座っててよ。こっちは寝るんだからね……!」
「了解だ。俺は眠らぬ。だが、契約者の夢を共有できる」
「夢を覗くなー!!」
全く、寝付けなかった。
でも、少しだけ。あの赤い目が優しく見えた気がした。
そして、朝を向かえたーー
ニュース番組が新たな事件を報じていた。
『昨日夕方、同じ高校に通う女子生徒が失踪。周囲の証言によると、彼女は同級生の交際相手と会った直後だったということです』
私は息をのんだ。
あの子……昨日、レンにプレゼントを渡してた子だ。
「……これは、面白くなってきたな。」
クロウの声が響いた。
本当に、何が起きているの……?
謎が、静かに、しかし確実に私たちを包み込んでいく──。