心臓が止まった日
朝のニュースが、また誰かの失踪を報じていた。
「○○県○○市で、高校二年生の女子生徒が昨夜から行方不明となっています。
これで、今月に入り四人目の失踪です」
母さんが眉をひそめながらテレビを消した。
「最近、本当に物騒ね。ユリカ、今日も母さんが学校まで送っていくから。」
「……わかった。ありがとう。」
そんなやりとりも、もう何度目だろう。
私は沢城ユリカ。
どこにでもいるような普通の女子高生だ。
「誰も、私みたいなの狙わないよ…。」
玄関前の姿見で制服のリボンの向きを整えると、私はため息をついて家を出た。
それが、"普通"だった最後の日。
「帰りもLIMEで教えてね!ミオちゃんも車で送ってあげるから」
「はあい。」
そんな話をしながら、車が交差点に差しかかったときだった。
一瞬、視界の端に小さな人影が飛び出したのが見えた。
「子ども?」と思った次の瞬間、母が急ブレーキを踏み、私の身体はシートベルトの反動で強く前に投げ出された。
何かが砕ける音。
誰かの悲鳴。
目の前が、一瞬で真っ暗になった。
ピーポー、ピーポー
遠くで、サイレンの音が聞こえる。
『ダメだ…息がないっ!頑張れよーっ!』
ガタン。
ストレッチャーに乗せられた?
ピッピッ…ピーーー。
『電気ショック!』
えっ…私…死ぬの?
最後の力を振り絞って、目を開けると…
暗闇の中で、血の気のない白い肌と、燃えるような赤い目。
冷たく、まっすぐ私を見つめる男がいた。
その姿は──死神のようだった。
ーーーー
次に目を開けたとき、私は病室にいた。
頭が重い。胸が苦しい。けど、生きている。
「……目が覚めた!? ユリカ!!」
母の泣きそうな声が耳に届いた。
医者の説明によると、私は事故で一時的に心肺停止状態になっていたという。
奇跡的に蘇生して、今こうして目を覚ました。
「本当に、よかった……」
私もそう思った。
けれど、頭の片隅で──何かが引っかかっていた。
あの暗闇の中で、私は確かに“誰か”を見た。
でも、今はもう思い出せない。
気のせいだと思った。
きっと夢だと、自分に言い聞かせた。