凍てつく朝に
「ふう、よいしょ」
私は、まだ空が暗いうちからママさんダンプと呼ばれる雪かき道具で家の前の雪かきをしていた。でないと、夫が出勤するために使う車も出せないからだ。
ママさんダンプを使っていても、まだ子どもはいないけど。
「おはようございます」
私がせっせと家の前の雪を片付けていると、隣の家の旦那さんが家から出てきた。ぺこりと私に頭をさげてから同じく雪かきを始める。
「おはようございます。今日も大変ですね」
私も答えながら、雪かきを続ける。
力の無い女性でも簡単に雪かきが出来るように、と作られたらしいママさんダンプだが正直全く力がいらないわけではない。雪かきは重労働だ。
ふぅ、と私はため息をついて一度手を止める。
かなり疲れる。
どうやら、隣の旦那さんはすでに雪かきを終えたようだ。もう家の中に入っていった。私の方はまだ途中で、なかなか終わりそうにもない。
しばらく頑張って作業を続けるとようやく終わりが見えてきた。これで、車も出せる。
うんうん、と私は頷く。
それから、最後の仕上げをした。
家の中に入ると夫はまだ寝ていた。
いつものように朝ご飯の支度をしてから起こすことにする。
◇ ◇ ◇
「雪かきは終わってるのかよ」
「ええ」
起こした途端に聞いてきた夫に、私は笑顔で答える。
「朝ご飯も、もう出来てるよ」
「あ~」
私が言っても、夫はなんの感謝の言葉も無くあくびをした。
それからのそのそと起きて、冴えない顔のまま食卓へ向かう。歯磨きもせずに朝食を食べ始める。
「お前ここに引っ越してきて最初に雪が降ったとき、知らなかったもんな。早朝に起きて雪かきするのが、女の仕事だってこと」
「ごめんね。私、こんなに雪が降るところに住んだことなかったから」
「本当に、何も知らないんだもんな。俺の母さんはいつも当たり前のようにやってくれてたんだぞ。言われなくてもそんなこと気付けよって」
笑いながら、夫は話す。
「雪国の女だったら当たり前だろ。あー、やっぱり故郷っていいよな。東京から帰ってきてよかったよ。お前も結婚と同時にこんな新築の家を建ててもらって幸せだよな。東京だったらこんな戸建て無理だしな」
また始まった。
だけど私、夫の実家の近くに家を建てて欲しいなんて一言も言っていない。しかも、こんな雪国に住む予定なんか、結婚前には全く話していなかったのに。
就職先の東京で出会った夫が、結婚と同時に故郷に帰りたいと言ったから仕方なく仕事も辞めてついてきただけだ。あの頃は、まだ優しかったからそれでもどうにかなると思っていた。それなのに、結婚して私が専業主婦になった途端に暴言ばかり吐くようになってしまった。
隣の家は旦那さんが雪かきをしていると言っても、それはおかしいとか尻に敷かれてるとか言って笑うだけだ。
一度、たまには雪かきを手伝って欲しいと言ってみた。なぜか次の日、お義母さんが家にやってきて夫に雪かきをやらせようとするなんてひどい嫁だとお説教をしに来た。
夫が告げ口の電話をしたらしい。
もう夫に何か頼むのは、やめようと思った。
「つーか、今日はパンがよかったんだけどな。味噌汁かぁ。母さんなら、そういうのわかってくれるのにさぁ」
「昨日、和食がいいって言ってなかった?」
「気分で毎日変わるんだよ」
「そっか、気付かなくてごめん」
結婚前は色々と私に優しくしてくれたのに、今は家事の一つもしないし、私が何かやってもお礼さえ言わない男だ。今みたいに文句ばかり言うことの方が多い。
もう、疲れた。
「それにしても、最近玄関が滑りやすい気がするんだけど、お前雪かき下手なんじゃないか? 母さんに教えてもらったらどうだ?」
「そうだった? やっぱり雪国出身じゃないし、慣れてないからかも。気を付けるね。今日は頑張ったから大丈夫だと思うけど」
「頼むぞ。お前、どんくさいんだからな」
私は微笑む。
◇ ◇ ◇
「じゃ、行ってくる」
夫が玄関を出て行く。ドアが閉まる。
そして、夫の悲鳴が聞こえた。
「ああ、やっと」
私は呟いた。今日は雪かきを頑張ったと言っておいたから油断して、歩き方に気を付けなかったに違いない。念押しで言っておいてよかった。
ここ最近雪かきをした後に仕上げとして、その上から水を撒くようにしていた。
もちろん、そこからまた凍って滑りやすくするためだ。
玄関だけでなく念のために駐車場の前にも撒いておいたけれど、どうやらそこに辿り着く前に滑ってくれたようだ。玄関の方が段のところが角になっているし、危ない場所が多い。
打ち所が悪ければいいのだけれど。