表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善行貯金箱  作者: 案内なび
商店街編
9/41

9話 組長

 それから数日経ち、土曜日になった。

 そして今日、俺は家から少し離れた商店街の入り口に立っている。

 なぜ、俺がこんな所に来ているのか。

 それは昨日の昼頃に遡る――。


★―★―★


「相変わらず多いな……」


 タバコの吸殻を拾い上げながら俺は独り呟く。近年、加熱式タバコや電子タバコが普及してきていると聞くが、俺の地域ではまだまだ紙巻きタバコが主流なのだろうと思わせられる。

 そんなことを実感していた時だった。


「あんちゃん、ちょっといいか?」


 後方から誰かを呼ぶ声が聞こえた。

 一瞬、俺以外の誰かに呼びかけたのかと思い周りを見渡すが、人影一つ無く、この場には俺しかいないらしい。


「あんちゃんだよ、ゴミ袋を持ってるあんちゃん」


 声の主は再び声をかける。


「俺のことか?」

「そうそう」


 俺が振り返りながら確認すると、その声の主――頭にタオルを巻いたガタイのいいおっさんは俺の言葉を肯定した。


「誰なんだ、おっさんよ」


「いきなり呼び止めてすまねぇな。俺は逸見正義(へんみまさよし)ってぇもんだ。近くの商店街の振興組合の組長をやってる」


 そう言うと、逸見というおっさんは俺に名刺を渡してきた。


「そうかい。それで、そんな組長さんが俺に何の用なんだ?」


 俺はそのおっさんからの名刺を片手で受け取りながら問い質す。


「実はな、あんちゃんに手伝ってもらいてぇことがあんだ」


「何をだ?」


「商店街の清掃をしてもらいてぇんだ。この前、あんちゃんが姉ちゃんと人助けをしていたのを見ていてな、それで感心したんだ。それで、あんちゃんなら力になってくれると信じて声をかけたんだ」


 どうやら、この前姉さんがお婆さんを助けていたあの一部始終を見ていたらしい。


「もちろんタダでとは言わねぇ。相応の謝礼は出すつもりだ」


 そう言うと、おっさんは俺をジッと見つめた。

 しかし、俺にはまだ疑問があり、そう簡単に首肯することはできなかった。


「……内容は分かった。だが、何故それを俺に頼んだ? 少なくとも組合のメンツがいるんじゃねえのか?」


 俺が問い質すと、おっさんは困ったように眉を下げる。


「それができたらいいんだが、組合の連中は自分の仕事がある。何より人数不足かつ年配の方ばっかりなもんでな、3キロ近くある商店街を手分けして掃除したとしても、時間がかかるってんだ」


「……なるほどな。ただ、いくら俺が若いとはいえ一人で商店街中を掃除するのは、余計に効率が悪いんじゃねえのか?」


「いんや、あんちゃん一人に丸投げするわけじゃあねぇよ」


「じゃあ、おっさんが手伝ってくれんのか?」


「生憎と俺は忙しい身でな。誘ってはいるが参加はできねぇんだ」


「じゃあ誰が――」


 俺が若干の苛立ちを含ませながら疑問をぶつけると、おっさんは意外な言葉を口にした。


「代わりに高校生の奴らが手伝ってくれんだ。夜宵(やよい)高校の生徒会執行部の生徒でな、恐らくあんちゃんと同年代だろうから、やりやすいと思うぜ」


「……………」


 俺はおっさんの言葉に唖然とした。

 なぜなら、夜宵高校は俺の所属している学校であり、そこの生徒を極力避けてゴミ拾いをしている俺にとっては、あまりにも耐え難い事実だからだ。

 しかし、そんな事情も知らずにおっさんは続ける。


「そこの生徒は良い子ばかりでなぁ、何回か手伝ってもらったことあるんだが、一生懸命に掃除してくれんだ。それに、俺はあんちゃんの働きっぷりを買ってるんだ。生徒会の子たちにあんちゃんの力が加われば百人力だろうよ。だから手伝ってくれねぇか? あんちゃん」


 別に、人から評価されたくてゴミ拾いをしている訳ではなく、そうすることでお金が貯まるからしているだけである。


 しかし、そうだとしても、世間は俺を不良だからと決めつけて俺の行動を評価しようとはしない。

 評価しているのは、姉さんと若槻さん、そしてこのおっさんだけである。まあ、動機まで知っているのは姉さんだけなのだが。


 だから、その評価に心なしか少し気分が良くなった俺は応える。


「……分かったよ。そこまで言ってくれるんならやってやるよ」


「おう、ありがとな、あんちゃん!」


 俺が了承すると、おっさんは親指を立てて笑った。

 別に、無理して生徒のヤツらと関わらなくとも、一人で作業をすれば良いだけだ。


 それに今思えば、"助けた人から直接お礼を貰ったら貯金箱にお金が貯まる"のかどうかもついでに検証できる。そう考えると、清掃の意義もありそうだ。


 そうして、俺はおっさんに当日の集合場所や持ち物を聞き出し、翌日に備えた――。


★―★―★


 ――そして、今に至る。

 俺は、名刺に書かれた住所の元に来るように言われたため、そこに向けて歩を進めていた。

 どうやらその場所は、商店街のちょうど真ん中にあるらしい。商店街は約3キロあるため、1.5キロぐらいは歩く必要がある。


 そのため、疎な人の中を俺は歩いて、歩いて、歩いた。

 やがて。


「……ここか?」


 辿り着いたのは喫茶店だった。

 見た目はレンガ造で、よくある喫茶店という雰囲気だが、商店街の中では他の店よりも少し大きめである。

 予定よりはだいぶ早く着いてしまったが、大丈夫だろう。

 それにしても。


「あのおっさん……ラーメン屋の店主みたいな見た目と性格して、喫茶店を経営してんのか?」


 イメージとの乖離(かいり)が激しく、俺はかなり困惑した。

 だが、とりあえず入ってみないことには分からないと思い、ゆっくりとその扉を開けてみる。


 扉を開けると、カランカランと扉の上に掛けられた鈴が軽快なリズムを奏でた。店内では空間を優しく包み込むようにオルゴールが音色を奏でている。

 そんな雰囲気の中、俺の心は落ち着くように思われた。

 だが、それは目の前の光景によって叶わなかった。

 俺の目線の先にはたった二人しかいなかったのだが――。


「来てくれたか、あんちゃん!」


 ラーメン屋の店主みたいな格好をしたおっさんがコーヒー豆をを挽いている姿にも驚いた。

 だが、それ以上に――。


「……なんでここにいるんだよ」


「……御堂君?」


 カウンター席に座り、コーヒーカップを手に持ちながら、不思議そうにこちらを見つめる浦上に、俺は固まってしまうのだった――。

お読みいただきありがとうございました。

今回は新たに、商店街振興組合組長の逸見正義さんが登場しましたね。江戸っ子風な喋り方であったり、ラーメン屋みたいな見た目で喫茶店を営む店主であったりと、なかなか個性が強い人ですね(笑)。

そして、そんな喫茶店に居たのはあの浦上さん。彼女はただのお客さんなのでしょうか、それとも……?

それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ