8話 敵わないもの
「……何の用だ?」
俺は突然来た浦上に違和感を覚えながら問う。
「えっと……昨日助けてもらったお礼がしたくて……」
「別に、見返り目的で助けたわけじゃねえ。それに山県先生が居たからこそ助けられたわけだ。だからソイツは山県先生に渡しな」
俺は、浦上が持っている紙袋を見ながら言う。
「安心してください。山県先生にも里崎先生にもお礼はしました。だから、これは御堂君に渡す分なんです。どうか、受け取ってください」
浦上は深々と頭を下げながら、紙袋をこちらに差し出してくる。
ーー流石にそこまで言われたら、受け取らないのも悪いな。
そう思って受け取ろうとした――その時だった。
「……え、なに?もしかして……告白されてんの!?」
厄介なヤツが現れた。
「ちげえよ。コイツが昨日のお礼だっつって渡してきてんの」
そう言いながら俺は紙袋を受け取る。
「邪魔者が入ったが、ありがとうな浦上」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「なーんだ、そういうことね」
俺たちのやりとりを見た姉さんは、何故か残念そうにしている。
すると、浦上はきょとんとした様子で口にした。
「ええと……御堂君のお姉さんですか?」
「そうだよ。私が大和の姉の舞香、よろしくね!」
「はい、私は浦上凪沙です。こちらこそよろしくお願いします!」
浦上が笑顔でそう言うと、姉さんは少し頬を赤らめた。
「ねえ大和、この子いい子すぎない?わたし、この子妹に欲しいんだけど」
「なに頓珍漢なこと言ってんだ?」
突如、正気とは思えない発言をした姉さんに俺が呆れていると、姉さんはさらに意味不明な提案を口にした。
「大和が凪沙ちゃんと結婚すれば、合法的に妹にできるわね……。よしあんた、凪沙ちゃんと付き合いなさい!」
「……ふぇ!?」
姉さんがその提案を口にすると、今度は浦上が頬を赤らめた。
「なに馬鹿なこと言ってんだよ姉さん。変な願望を抱くんじゃねえよ、浦上が困るだろ? ったく……すまんな浦上、こんな頓珍漢な姉で」
「いえ、私は大丈夫ですよ。……何だか楽しいお姉さんですね」
「楽しいなんてもんじゃねえ、ただの能天気野郎だ」
「こら、そこ。せっかく凪沙ちゃんが褒めてくれてるんだから、いちいち貶すな」
気を遣って良いように言ってくれただけなのではないかと思ったが、敢えてそれを口にはしなかった。
「……とりあえず浦上、態々ありがとな」
「いえ……こちらこそ助けていただいて、ありがとうございました!」
俺たちは再びお礼の言葉を交わし合った。
だが、ここで俺は最初に覚えた違和感に気づいてしまった。
――浦上は平然とお礼を渡しに来たが、なぜ俺の家の場所を知っている?
俺は滅多に学校に行かないため、帰り道を見られるということは考えにくい。ゴミ拾いの帰り道で見られた可能性も考えうるが、普通の学生なら学校にいるような時間帯を俺が選んでいるため、この可能性も低いだろう。
疑問に思った俺は浦上に問い質す。
「ところで浦上……何で俺の家を知っている?」
俺が尋ねると、浦上は少し躊躇ったような表情を見せたが、すぐに応えた。
「ええと……山県先生に御堂君の住所を聞いたんです。どうしてもお礼がしたいという旨を伝えたら、快く教えてくださいました。……でも、いくらお礼がしたいからと言って、人の住所をそう易々と聞くのは良くなかったですよね……。ごめんなさい、勝手に住所を聞き出したりしまして……」
浦上はばつが悪そうに俯いた。
「いや、お前は悪くねえよ。助けられて恩返しをしたいと思うのは悪いことではねえからな。けど、教師たる人間が生徒の住所を簡単に教えるのはいかがなものかと思うがな。……まあ、現状それで不利益を被った訳ではねえから気にすんな」
「大和の言う通りだよ。凪沙ちゃんはお礼をしたいっていう気持ちで来てくれたんだから」
姉さんが俺の言葉に賛同すると、浦上は少しだけ顔を上げて俺たちの顔色を伺い、そして安堵したように笑みを溢した。
「ありがとうございます……それにしても私、お礼を言うか謝るかばかりですね」
「礼儀正しくていいじゃん。それと、せっかく家の場所を知ったんだから、いつでも遊びにおいで。家には大和が常に居るんだし、相手してくれるはずだから」
「えっ、いいんですか?」
浦上は確認を取るように、俺と姉さんの顔を交互に見つめる。
「いいわけねぇだろ。なに姉さんは勝手な事を言ってんだ」
「別に、来られて困ることなんてないでしょ? いかがわしい本置いてるわけじゃないんだから」
「そんな趣味はねぇし、そういう問題じゃねぇよ」
何故さっきからロクでもない提案しかしないのか、俺は思わず溜め息を吐く。
しかし。
「……まあ、どうせ暇だから話し相手くらいにはなってやるよ」
俺がそう言うと、浦上はあの時と同じ――溢れんばかりの眩しい笑顔を見せた。
「ありがとうございます!」
「……あぁ」
どうも俺はこの笑顔には敵わないらしい……と、直感でそう思った。
「あの大和の表情が少し柔らかくなってる……やはり大和と凪沙ちゃん相性良いんじゃ……!?」
姉さんは変なところで驚いているが、それを言われた俺自身も、少し口元が緩んでいることに気づいて驚いた。
「何度変なことを言えば気が済むんだ……? ってか大学はいいのか? 午後からなんだろ? とっくに昼は過ぎたぞ」
「え……? あ、そうじゃん! 待って今何時!?」
「えっと、12時25分です」
俺の代わりに浦上がスマホで時間を確認した。
「あと15分で電車来ちゃうじゃん! やば、急がなきゃ!」
姉さんは慌てて家の中に入り、程なくしてバッグを持って出てきた。
「じゃ、二人とも行ってくるね!」
その一言だけ残して、姉さんは韋駄天の如く走って行った。
「行ってしまいましたね……お姉さん、大丈夫でしょうか?」
「ああ見えて姉さんは足が速いんだ。だから大丈夫だろ」
「あはは……そうなんですね」
「お前も帰らなくて大丈夫なのか? 昼飯もまだなんだろ?」
「確かにそうですね……では、そろそろお暇させていただきますね。御堂君、ありがとうございました」
「ああ、またな」
「はい!」
そう別れの言葉を交わすと、浦上も姉さんと同じ方向へと歩き出した。
「……というか俺、"またな"って言ったのか。これじゃあまるで、再びアイツに会うのを望んでいるみたいだな……」
何だか、らしくもないことを不意に口走ったんだなと思った。だからこそ、あの些細な言葉が俺の本心だったのではないかとも思えてしまった。
「……いや、そんなはずはねえ」
そう否定してみたものの、それなら会いたくないのかと聞かれれば、それは何だか違う気がする。
――不意に出た言葉だ。それに、別れ際に"またな"って声をかけるのは普通のことだ。何らおかしい要素はねえな
俺は自分にそう言い聞かせ、無理やり納得することにした。
そして、そのことを忘れさせるように。
「そういえば、カップ焼きそばを作るんだったな」
と思い起こし、俺は家に戻ったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
浦上さんのあのキャラは、その舞香さん・大和君ともに違う方向性ではありますが、なかなか刺さってましたね。
今後も彼らの関係が楽しみです。
そして、次回からは「商店街編」です。
新キャラも数人登場するので、お楽しみに。
それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)