5話 踊り場の少女
「……なんだ、今の声は」
山県先生は動揺して立ち上がる。
「分かんねぇけど、とりあえず出てみましょう」
俺が提案すると先生は頷き、すぐに教室の扉を開ける。
しかし。
「……この辺じゃねぇなら、もしかしたら階段かもしれないです」
「分かった、確認しよう」
廊下では何も見当たらなかったので、今度は階段の方を覗いた――。
すると。
「……やっぱりか」
視線の先にある踊り場には、大量のノートやプリントが無造作に散らばっており、その真ん中には一人の少女が蹲っていた。
俺は階段を駆け降りて声をかける。
「おいお前、大丈夫か?」
すると、彼女は怯えたような目をして。
「ごめんなさい、足を捻ってしまって……その、歩けないんです」
と、弱々しく応えた。
恐らく、数教科分はあるだろう提出物を一人で運ぼうとしたが、前がよく見えずに階段を踏み外してしまったのだろう。
――コイツは可哀想だな。
そう感じた俺はこの状況を鑑みて、先生にある依頼をした。
「……分かった。なぁ先生、コイツの代わりにノートとプリントを回収してやってくれないですか。なんなら運ぶ予定だった所に持って行ってくれても。俺はコイツを保健室に運ぶので」
俺が先生にそう依頼すると。
「よし、任せろ」
と、先生は胸を叩いて二つ返事で応えてくれた。
そして俺は少女に尋ねる。
「このノートとかはどこに運ぶつもりだったんだ?」
「ええと……全て職員室前の提出箱です」
「……だ、そうです」
「うむ、承知した。後は御堂に任せたぞ」
先生はそう言うと、せっせと回収し始めた。
生徒である俺からの依頼――半分指示みたいなもんだが、先生という上の立場だからと変にプライドを持ってそれに反発するわけでもなく、状況を鑑みて協力してくれた。俺は少しばかり山県先生を頼もしく思った。
そして俺は先生の言葉に頷いた後、片膝を突いて。
「乗れ」
と、少女に指示をした。
一瞬、不良と呼ばれる俺に命令されて怖がるのではないかと思った。
しかし、少女はそれをすんなりと受け入れて俺の背中に乗った。
「……重くないですか?」
「大丈夫だから気にすんな、しっかり掴まっとけ」
「はい」
そうして俺は少女を背負いながら、1階までの階段を慎重に降りたのだった。
★―★―★
それから、思ったより時間は掛かったが、なんとか保健室前に着いた。
俺は少女を背負ったまま、ドアをノックする。
「はーい、どうぞー」
中から返事が来たので、ドアをゆっくり開ける。
「失礼します」
俺が、デスクで作業中の保健医――里崎優奈に目をやると、彼女は少し驚いたような表情をした。
「あら、どうしたの?」
「コイツが足を捻ったみたいなんで、治療してやってください」
「それは大変ね、分かったわ。それじゃあこっちのソファに運んでちょうだい」
「ああ」
里崎先生は立ち上がり、ゴソゴソと準備を始めた。
一方で俺は、少女をソファにそっと降ろす。
「……すいません、ありがとうございます」
「構わねぇよこれくらい。とりあえずは待ってやるよ」
「えっと、いいんですか? 何かされていたのではないんですか?」
「……まぁ、面談中ではあったんだが、話す事も別に無かったしいいんだよ」
「えっ、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、心配すんな。それにお前が気にすることじゃねぇから大丈夫だ」
どうやらこの少女は、自分の足の怪我よりも人の面談を心配してくれているらしい。初めて話したが、悪いヤツではなさそうだ。
そんな雑談を交わしている内に、里崎先生の方は準備ができたらしく、里崎先生はソファに行儀良く座る少女の前で屈む。
「ちょっと足を診させてもらうわね」
里崎先生はそう言うと、慣れた手つきで対処し始める。
「とりあえず冷感湿布を貼ったから、暫くは安静にしててね。それと、何かあったらまた言ってね」
「はい、ありがとうございます」
そして里崎先生は俺の方に顔を向けて言う。
「あなたもありがとうね。それにしても、女の子を助けるなんてカッコいいじゃない!」
「そりゃどうも」
俺が適当に返すと、里崎先生はウフフと笑った。
そして、少女も続けて言う。
「あなたのおかげです。本当にありがとうございました!……ところで、あなたは1組の御堂君ですよね?」
「ああ、そうだが」
「私は2組の浦上凪沙です。助けてくれてありがとうございました!」
浦上凪沙と名乗った少女は、溢れんばかりの眩しいの笑顔を見せてきた。
その表情を見た俺は、何故か少しばかりドキッとした気がしたのだった――。
お読みいただきありがとうございました。
今回は新たに浦上凪沙さんが登場しましたね。
今後、大和と凪沙の関係はどうなっていくのか?
それでは次回もまたよろしくお願いします(→ω←)