表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善行貯金箱  作者: 案内なび
募金活動・期末試験編
42/42

42話 居場所

後書きに今後についてのお話があります。

そのため、最後まで併せてお読みいただけると幸いです。

(後書きから読んでいただいても支障はございません)。

「お願いします」


 月曜日、昼休みの職員室。

 午前中で授業が終わったためにそこそこ生徒が出入りする中、部屋の中央端で俺はクーラーの効いた室内に若干の寒さを感じつつ、らしくもなく頭を下げていた。

 

 その相手――ナマハゲこと(いわお)(みつる)は先ほどまで触っていたパソコンに手を付けることなく、微動だにしないまま黙っている。困まっているのか、それとも何かを考えているだけなのか、膝の上に置かれた握り拳からは何も分からない。


 表情を確認するために顔を上げたいが、ナマハゲの言葉も無しに顔を上げるのは(はばか)られてしまう。若干の気まずさに俺は唇を少し噛んだ。――そんな時だった。


「御堂」


 頭上からようやくナマハゲの重低音が聞こえた。

 俺は即座に顔を上げる。


「はい」


「お前は本当にそれでいいのだな?」


「……というと」


「自らの過去に原因があったとはいえ、今回の件ではお前は被害者側。にも関わらずお前は王子・小坂井・御厨(ヤツら)の処罰を軽くするよう申し出た。だがそこにお前のメリットは無い。むしろ()()()()を達成できなかった以上、退部の可能性があるお前は損でしかないはずだ」


 そう言うと、ナマハゲは一呼吸を置いてその言葉を口にした。


「――それでも、ヤツらの助命を願うのだな?」


 ナマハゲの鋭い目付きが俺の目を真っ直ぐに射抜く。

 ただの確認であるはずなのに、まるで犯人を問い詰めるかのような圧力に、俺はぐっと息を呑み込んで目線を落とした。

 

 そう、ナマハゲの言う通り、俺は王子たちの助命――と言えば大袈裟だが、処罰の軽減を依頼した。浦上たちと突然我が家で夕食を食べることになった時、王子たち三人が部活で自白・謝罪したという話を聞いたのだ。

 

 もちろん罪は罪だからアイツらに罰は受けて欲しい。

 けれど、アイツらが反省して謝罪した以上――何より元の原因が俺である以上、そのまま罰を受けてもらうのは筋が違うと思ったのだ。


 だから、たとえ俺が損しようとも、それは決断を変える理由にはならない。

 俺は顔を上げ、再びナマハゲの目を捉え直す。そして一呼吸を置き、その思いを口にした――。


「メリットデメリットは関係ないです。これが俺なりの罪滅ぼしなんです……!」


 俺の声が職員室中に響く。

 思ったよりも熱が入ってしまっていたらしく、不意に何人かの教師と目が合ってしまい、俺は若干の気まずさと恥ずかしさを感じた。


 一方のナマハゲは俺の目を見つめたまま黙っている。

 相変わらず何を考えているのか分からない。――が、それでも言葉は伝わっているはずだ。


 沈黙の中、他の教師や生徒の会話が耳を通り抜ける。

 肌寒かったはずの冷房も、不思議と今は丁度よく感じた。――すると、その時。


「いい友情じゃないですか」


 突然、背後から男性の優しい声が聞こえてきた。

 咄嗟に振り向くと、そこには――。


「校長……」


 ニコニコと微笑む校長が、手を後ろに組んで佇んでいた。

 ナマハゲは(おもむろ)に立ち上がる。一方で校長は俺を一瞥(いちべつ)すると、一度頷いて言葉を続けた。


「もちろん彼らのやったことは良くないことですが、情状(じょうじょう)酌量(しゃくりょう)の余地はありますのでね。私は御堂くんの願いを聞き届けてもいいかと思いますよ」


 少しだけナマハゲを見上げるように話す校長。

 一方、もう何度目かの沈黙を挟むナマハゲ。

 大の大人ふたりが作り出す雰囲気に圧倒され、俺は固唾(かたず)を飲んで見守ることしかできなかった。

 けれどナマハゲ、今回は先ほどよりも早く結論が出たようで――。


「……分かりました。校長がそこまで言うのであれば」


 ナマハゲはこくりと頷き、校長の言葉を受け入れた。


「ありがとうございます。では、次の職員会議の時に私からこの事を提案しますので、巌先生にはその時に改めてご賛同いただけると」


「了解しました」


「では、私はこれで」


 そう言い残すと、校長は俺たちに軽く一礼した後、つかつかと入口の扉まで歩き、そのまま職員室を後にした。


 急に現れたと思いきや、すぐにまた消えて行った校長。

 穏やかな人柄とは裏腹にまるで嵐のような行動をした校長に、俺は。


 ――校長ってすげぇな。

 漠然と、そんな感想を抱いていた。

 

「……聞いてただろうが、お前の願いは受け入れられることになった。具体的な話はまた後日になるが、お前も王子たちも、校長には感謝するように」


「ありがとうございます」


「それと」


 すると、そんな前置きをしたナマハゲ。

 ナマハゲの方からも何かあるのだろうかと疑問に思った。

 けれど、その口から発せられた言葉は予想だにしないものだった。


「御堂、お前の生徒会執行部存続を認めることとする」


 ――っ!?


「なっ!? 本当ですか!? けど約束は――」


「あぁ。確かに俺はお前に『全教科で85点以上』とは言った。だが、それが()()()()()()()()()()()か、()()()()()()()()かは一言も言っていない。よって今回は後者で解釈し、未受験の3教科以外は全て85点以上だったため、約束は果たしたものとする。これからも生徒会執行部の一員としてしっかり励むように」


 ――マジか。


「っ、ありがとうございます……!」


 俺は半ば反射的に勢いよく頭を下げる。

 よもや一日でこんなにもナマハゲに頭を下げると思っておらず、それだけに驚きで。なんというか、ナマハゲ呼ばわりが申し訳なくなってしまうほどだった。


「用はそれだけか」


「はい」


「では気をつけて帰りなさい」


 そう言うや否や、すぐにまたパソコンと向かい始めたナマハゲ。淡白なナマハゲらしい対応だが、それでも、不思議といつもみたいな冷たさは感じなかった。

 

 俺はもう一度頭を下げ、職員室の扉に向かう。

 そして職員室の扉に手を掛けた。

 

 その時、ナマハゲがふっと笑ったような気がして振り返ったが、ナマハゲはいつもの仏頂面でキーボードを打ち込んでいたのだった。


★―★―★


「あっ、先輩戻ってきました」


「言ってきたかい?」


 職員室を出ると、浦上(うらかみ)難波(なんば)小牧(こまき)が待っていた。

 職員室からの涼しい空気が漏れ出ているとはいえ、真夏の真っ昼間。廊下はまだまだ暑い。

 

 俺は難波から預けていたカバンを受け取り、肩に掛けつつ答える。


「まぁな。それとなんだが」


「それと?」


 すると、俺の言葉に不思議そうな顔をする三人。

 揃ったように首を傾げるコイツらを前に、俺はほうっと一息吐くと、あの事実を伝えた。


「……生徒会執行部に残れることになった」


「「「えっ!?」」」


「だからその、まぁ、なんつーか……」


 右手でポリポリと頭の後ろを掻く。

 改めてこう言うのは小っ恥ずかしいが――。


「こんな俺だが、これからもよろしく頼む」


 俺は深々と頭を下げた。

 刹那、カバンが肩からダラリと崩れるとともに、シンと辺りが静まり返る。

 けれど、やがて左肩をポンと叩かれた感覚がして、顔を上げてみると――。


「ふふっ、そんなの当たり前だよ」


「先輩、次はやらかさないでくださいよー!」


 そこにはいつもみたいに笑う難波と小牧。そして――。


「本当に良かったです。御堂くん、これからもよろしくお願いしますね!」


 溢れんばかりの眩しい笑顔を見せる浦上がいた。

 瞬間、胸の奥から何か熱いものがじわりと滲み出るような感覚がした。


「……あぁ」


 ――やっぱり俺の居場所はここなんだ。

 烏滸(おこ)がましいなんて思う日もあったけれど、今じゃそれ以上にコイツらと過ごしたいと思えてしまって。コイツらとなら俺らしく居られる気がして。もう昔の俺とは違うのだと、直感的にそう思えた。


「じゃっ、せっかくだしお昼でも食べに行かない?」


「さんせーい! 陽奈(ひな)、ナックのポテト食べたいです!」


「ふふっ、いいですね! では私も!」


「お前ら飯の時になると元気になるな」


「とかなんとか言って、大和も嫌じゃないんでしょ?」


「さぁどうだろな」


「まったく先輩は素直じゃないんですから〜!」


「はいはい、悪かったな」


 こうして夏真っ盛りの昼、俺たちはナックに向かった。

 道中、蝉の声がとめどなく木霊していた。けれど鬱陶しさは微塵も感じず、どこまでも続くあの青空のように、ただ晴れやかな気持ちが広がっていたのだった。

 

★―★―★


「ふふっ、やはり私の見立ては当たっていそうですね」


 ガチャリと扉が閉まると、閑静な室内に独り言が響く。

 喧騒な職員室とは反対の雰囲気に多少の優越感を感じつつ、私は机上に置いていた一枚の紙を片手に取り、黒い椅子に深く腰掛けた。


「御堂大和くん……。やはり彼は根のいい子でしたね」


 殴り書きした考察用紙を見つめ、そっと呟く。

 或いは真面目に授業に出ているという話、或いは図書室で勉強をしているという話。最初に聞いた時、どれも他の先生たちには驚きだったようだが、彼を調べていた私にはそれほど驚くことではなかった。


 なぜなら、彼は善行貯金箱を持っている可能性があるからだ。


 ()()の力を借りつつ調べたところ、善行貯金箱という物はこの世にいくつか存在しているが、実際に持つことができる――正確には、善行貯金箱が機能するのは片手に収まる人数という。


 その理由として、善行貯金箱に認められなければ、きちんとお金が貯まらないというものがあるらしい。認められる条件は一切分からないが、認められた者の共通点として、『大きな負の出来事を経験して心に闇を抱えてしまった元善人』という点がある。


 例えば、親の離婚や再婚でグレてしまった優しい子だったり。例えば、いじめに遭って復讐に駆られた優等生だったり。

 つまり、更生の余地ありと認められた者ということだろう。


 更生の余地があるからこそ、更生のきっかけとして善行を積ませる。そしてそれを重ねさせることで、暗い過去から解放させる。私の予測が正しければ、おおよそそういうことだろう。


 ここに御堂君の経歴を照らし合わせると、何らかの出来事をきっかけに不良になる。善行貯金箱と出会ったことで善行を積み始め、生徒会執行部にも入ることになる。そして、今回の事件で自らの過去を清算する……。


 流れとしてはほぼ一致しているのだ。

 あとは、彼が本当に貯金箱を持っているか否かだが――。


「捜査力のある()の言うことです。持っていると見てほぼ間違いないでしょう」


 そしてもう一人、恐らくは()()()……。


「ふふっ、まぁ今はいいです。時間はまだありますから」


 私は紙を置いて立ち上がり、校長室の扉に向かう。

 そして扉を開け、右手の先にある下駄箱を見つめた。

 下校したり部活に行ったりするだろう生徒で溢れる中、そこには友人たちと楽しそうに話す彼の姿も見えた。


「ふふっ、これからも期待していますよ。御堂大和くん」


 聞こえるはずのない彼の背に、ぽつりと独りごちる。

 そして友人と下駄箱から出ていく姿を、私は静かに見守っていたのだった。

お読みいただきありがとうございました。

これにて募金活動・期末試験編は完結です。

約1年に渡る連載でしたが、いかがだったでしょうか?


ラブコメみたいな回に始まり、お姉さんのコスプレ、御厨君の登場、瑠唯の過去、募金活動、期末試験、大和の過去、そして過去の清算……。思い返せば、一番色濃い編だったなぁと思います。


私の試験の都合で途中から不定期更新になった上、更新頻度がガタ落ちすることも多々ありましたが、ここまで読んでいただいた方には感謝してもしきれません。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。そして、本当にありがとうございました……!


さて、ここからは今後のお話です。

恐らく次回から次の編に入ると思いますが、次の編に入るまでに別の物語を進めようと考えているので、こちらのシリーズは暫くの間、お休みさせていただきます。楽しみにしていただいている方には申し訳ございません。

再開時期については明言できませんが、年を跨ぐ可能性もあることは、予めご了承いただけると幸いです。


さてさて、後書きはこれにて以上です。

改めてここまでお読みいただきありがとうございました!

それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ