42話 居場所
後書きに今後についてのお話があります。
そのため、最後まで併せてお読みいただけると幸いです。
(後書きから読んでいただいても支障はございません)。
「お願いします」
月曜日、昼休みの職員室。
午前中で授業が終わったためにそこそこ生徒が出入りする中、部屋の中央端で俺はクーラーの効いた室内に若干の寒さを感じつつ、らしくもなく頭を下げていた。
その相手――ナマハゲこと巌光は先ほどまで触っていたパソコンに手を付けることなく、微動だにしないまま黙っている。困まっているのか、それとも何かを考えているだけなのか、膝の上に置かれた握り拳からは何も分からない。
表情を確認するために顔を上げたいが、ナマハゲの言葉も無しに顔を上げるのは憚られてしまう。若干の気まずさに俺は唇を少し噛んだ。――そんな時だった。
「御堂」
頭上からようやくナマハゲの重低音が聞こえた。
俺は即座に顔を上げる。
「はい」
「お前は本当にそれでいいのだな?」
「……というと」
「自らの過去に原因があったとはいえ、今回の件ではお前は被害者側。にも関わらずお前は王子・小坂井・御厨の処罰を軽くするよう申し出た。だがそこにお前のメリットは無い。むしろ先の条件を達成できなかった以上、退部の可能性があるお前は損でしかないはずだ」
そう言うと、ナマハゲは一呼吸を置いてその言葉を口にした。
「――それでも、ヤツらの助命を願うのだな?」
ナマハゲの鋭い目付きが俺の目を真っ直ぐに射抜く。
ただの確認であるはずなのに、まるで犯人を問い詰めるかのような圧力に、俺はぐっと息を呑み込んで目線を落とした。
そう、ナマハゲの言う通り、俺は王子たちの助命――と言えば大袈裟だが、処罰の軽減を依頼した。浦上たちと突然我が家で夕食を食べることになった時、王子たち三人が部活で自白・謝罪したという話を聞いたのだ。
もちろん罪は罪だからアイツらに罰は受けて欲しい。
けれど、アイツらが反省して謝罪した以上――何より元の原因が俺である以上、そのまま罰を受けてもらうのは筋が違うと思ったのだ。
だから、たとえ俺が損しようとも、それは決断を変える理由にはならない。
俺は顔を上げ、再びナマハゲの目を捉え直す。そして一呼吸を置き、その思いを口にした――。
「メリットデメリットは関係ないです。これが俺なりの罪滅ぼしなんです……!」
俺の声が職員室中に響く。
思ったよりも熱が入ってしまっていたらしく、不意に何人かの教師と目が合ってしまい、俺は若干の気まずさと恥ずかしさを感じた。
一方のナマハゲは俺の目を見つめたまま黙っている。
相変わらず何を考えているのか分からない。――が、それでも言葉は伝わっているはずだ。
沈黙の中、他の教師や生徒の会話が耳を通り抜ける。
肌寒かったはずの冷房も、不思議と今は丁度よく感じた。――すると、その時。
「いい友情じゃないですか」
突然、背後から男性の優しい声が聞こえてきた。
咄嗟に振り向くと、そこには――。
「校長……」
ニコニコと微笑む校長が、手を後ろに組んで佇んでいた。
ナマハゲは徐に立ち上がる。一方で校長は俺を一瞥すると、一度頷いて言葉を続けた。
「もちろん彼らのやったことは良くないことですが、情状酌量の余地はありますのでね。私は御堂くんの願いを聞き届けてもいいかと思いますよ」
少しだけナマハゲを見上げるように話す校長。
一方、もう何度目かの沈黙を挟むナマハゲ。
大の大人ふたりが作り出す雰囲気に圧倒され、俺は固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
けれどナマハゲ、今回は先ほどよりも早く結論が出たようで――。
「……分かりました。校長がそこまで言うのであれば」
ナマハゲはこくりと頷き、校長の言葉を受け入れた。
「ありがとうございます。では、次の職員会議の時に私からこの事を提案しますので、巌先生にはその時に改めてご賛同いただけると」
「了解しました」
「では、私はこれで」
そう言い残すと、校長は俺たちに軽く一礼した後、つかつかと入口の扉まで歩き、そのまま職員室を後にした。
急に現れたと思いきや、すぐにまた消えて行った校長。
穏やかな人柄とは裏腹にまるで嵐のような行動をした校長に、俺は。
――校長ってすげぇな。
漠然と、そんな感想を抱いていた。
「……聞いてただろうが、お前の願いは受け入れられることになった。具体的な話はまた後日になるが、お前も王子たちも、校長には感謝するように」
「ありがとうございます」
「それと」
すると、そんな前置きをしたナマハゲ。
ナマハゲの方からも何かあるのだろうかと疑問に思った。
けれど、その口から発せられた言葉は予想だにしないものだった。
「御堂、お前の生徒会執行部存続を認めることとする」
――っ!?
「なっ!? 本当ですか!? けど約束は――」
「あぁ。確かに俺はお前に『全教科で85点以上』とは言った。だが、それが本当に全ての教科の内でか、受けた教科の内でかは一言も言っていない。よって今回は後者で解釈し、未受験の3教科以外は全て85点以上だったため、約束は果たしたものとする。これからも生徒会執行部の一員としてしっかり励むように」
――マジか。
「っ、ありがとうございます……!」
俺は半ば反射的に勢いよく頭を下げる。
よもや一日でこんなにもナマハゲに頭を下げると思っておらず、それだけに驚きで。なんというか、ナマハゲ呼ばわりが申し訳なくなってしまうほどだった。
「用はそれだけか」
「はい」
「では気をつけて帰りなさい」
そう言うや否や、すぐにまたパソコンと向かい始めたナマハゲ。淡白なナマハゲらしい対応だが、それでも、不思議といつもみたいな冷たさは感じなかった。
俺はもう一度頭を下げ、職員室の扉に向かう。
そして職員室の扉に手を掛けた。
その時、ナマハゲがふっと笑ったような気がして振り返ったが、ナマハゲはいつもの仏頂面でキーボードを打ち込んでいたのだった。
★―★―★
「あっ、先輩戻ってきました」
「言ってきたかい?」
職員室を出ると、浦上・難波・小牧が待っていた。
職員室からの涼しい空気が漏れ出ているとはいえ、真夏の真っ昼間。廊下はまだまだ暑い。
俺は難波から預けていたカバンを受け取り、肩に掛けつつ答える。
「まぁな。それとなんだが」
「それと?」
すると、俺の言葉に不思議そうな顔をする三人。
揃ったように首を傾げるコイツらを前に、俺はほうっと一息吐くと、あの事実を伝えた。
「……生徒会執行部に残れることになった」
「「「えっ!?」」」
「だからその、まぁ、なんつーか……」
右手でポリポリと頭の後ろを掻く。
改めてこう言うのは小っ恥ずかしいが――。
「こんな俺だが、これからもよろしく頼む」
俺は深々と頭を下げた。
刹那、カバンが肩からダラリと崩れるとともに、シンと辺りが静まり返る。
けれど、やがて左肩をポンと叩かれた感覚がして、顔を上げてみると――。
「ふふっ、そんなの当たり前だよ」
「先輩、次はやらかさないでくださいよー!」
そこにはいつもみたいに笑う難波と小牧。そして――。
「本当に良かったです。御堂くん、これからもよろしくお願いしますね!」
溢れんばかりの眩しい笑顔を見せる浦上がいた。
瞬間、胸の奥から何か熱いものがじわりと滲み出るような感覚がした。
「……あぁ」
――やっぱり俺の居場所はここなんだ。
烏滸がましいなんて思う日もあったけれど、今じゃそれ以上にコイツらと過ごしたいと思えてしまって。コイツらとなら俺らしく居られる気がして。もう昔の俺とは違うのだと、直感的にそう思えた。
「じゃっ、せっかくだしお昼でも食べに行かない?」
「さんせーい! 陽奈、ナックのポテト食べたいです!」
「ふふっ、いいですね! では私も!」
「お前ら飯の時になると元気になるな」
「とかなんとか言って、大和も嫌じゃないんでしょ?」
「さぁどうだろな」
「まったく先輩は素直じゃないんですから〜!」
「はいはい、悪かったな」
こうして夏真っ盛りの昼、俺たちはナックに向かった。
道中、蝉の声がとめどなく木霊していた。けれど鬱陶しさは微塵も感じず、どこまでも続くあの青空のように、ただ晴れやかな気持ちが広がっていたのだった。
★―★―★
「ふふっ、やはり私の見立ては当たっていそうですね」
ガチャリと扉が閉まると、閑静な室内に独り言が響く。
喧騒な職員室とは反対の雰囲気に多少の優越感を感じつつ、私は机上に置いていた一枚の紙を片手に取り、黒い椅子に深く腰掛けた。
「御堂大和くん……。やはり彼は根のいい子でしたね」
殴り書きした考察用紙を見つめ、そっと呟く。
或いは真面目に授業に出ているという話、或いは図書室で勉強をしているという話。最初に聞いた時、どれも他の先生たちには驚きだったようだが、彼を調べていた私にはそれほど驚くことではなかった。
なぜなら、彼は善行貯金箱を持っている可能性があるからだ。
友人の力を借りつつ調べたところ、善行貯金箱という物はこの世にいくつか存在しているが、実際に持つことができる――正確には、善行貯金箱が機能するのは片手に収まる人数という。
その理由として、善行貯金箱に認められなければ、きちんとお金が貯まらないというものがあるらしい。認められる条件は一切分からないが、認められた者の共通点として、『大きな負の出来事を経験して心に闇を抱えてしまった元善人』という点がある。
例えば、親の離婚や再婚でグレてしまった優しい子だったり。例えば、いじめに遭って復讐に駆られた優等生だったり。
つまり、更生の余地ありと認められた者ということだろう。
更生の余地があるからこそ、更生のきっかけとして善行を積ませる。そしてそれを重ねさせることで、暗い過去から解放させる。私の予測が正しければ、おおよそそういうことだろう。
ここに御堂君の経歴を照らし合わせると、何らかの出来事をきっかけに不良になる。善行貯金箱と出会ったことで善行を積み始め、生徒会執行部にも入ることになる。そして、今回の事件で自らの過去を清算する……。
流れとしてはほぼ一致しているのだ。
あとは、彼が本当に貯金箱を持っているか否かだが――。
「捜査力のある彼の言うことです。持っていると見てほぼ間違いないでしょう」
そしてもう一人、恐らくは彼女も……。
「ふふっ、まぁ今はいいです。時間はまだありますから」
私は紙を置いて立ち上がり、校長室の扉に向かう。
そして扉を開け、右手の先にある下駄箱を見つめた。
下校したり部活に行ったりするだろう生徒で溢れる中、そこには友人たちと楽しそうに話す彼の姿も見えた。
「ふふっ、これからも期待していますよ。御堂大和くん」
聞こえるはずのない彼の背に、ぽつりと独りごちる。
そして友人と下駄箱から出ていく姿を、私は静かに見守っていたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
これにて募金活動・期末試験編は完結です。
約1年に渡る連載でしたが、いかがだったでしょうか?
ラブコメみたいな回に始まり、お姉さんのコスプレ、御厨君の登場、瑠唯の過去、募金活動、期末試験、大和の過去、そして過去の清算……。思い返せば、一番色濃い編だったなぁと思います。
私の試験の都合で途中から不定期更新になった上、更新頻度がガタ落ちすることも多々ありましたが、ここまで読んでいただいた方には感謝してもしきれません。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。そして、本当にありがとうございました……!
さて、ここからは今後のお話です。
恐らく次回から次の編に入ると思いますが、次の編に入るまでに別の物語を進めようと考えているので、こちらのシリーズは暫くの間、お休みさせていただきます。楽しみにしていただいている方には申し訳ございません。
再開時期については明言できませんが、年を跨ぐ可能性もあることは、予めご了承いただけると幸いです。
さてさて、後書きはこれにて以上です。
改めてここまでお読みいただきありがとうございました!
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




