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善行貯金箱  作者: 案内なび
募金活動・期末試験編
41/42

41話 次は

「でも今は後悔してる。殴ったこともだが、家にいても大変なのに家にいろって言ったことをな……」

 

 瞬間、シンと辺りが静まり返る。見渡す限りに浮かんでいる顔は、唖然、絶句、悲壮――。そこに正の感情を浮かべるヤツは誰一人としていない。


 静寂の中、ただ僅かな呼吸音だけが、皆が動いている証拠だった。そんな静寂を破るように俺は続ける。


「本当は学校に行くことが天宮の気分転換になっていたんじゃねぇかって、今さら気づいた。あの時のヤツが王子(おうじ)、お前だったってことも」


「っ、じゃあ俺はずっと……」


「…………すまねぇ」


 瞳を揺らす王子を前に、俺はただ謝ることしかできない。目も合わせることができない。自分が作り上げてしまったこの状況に、俺は堪らず俯いてしまう。


「なんで、なんで言ってくれなかったんだよ、ヒロ……」


 王子の呟くような、震えるような声が耳に聞こえてくる。


 ――情けねぇ。

 あの時、天宮を殴って傷を負わせただけじゃなく、王子にも勘違いさせ、あまつさえ心も傷つけてしまっていたなんて。そしてその所為で、王子を復讐に駆り立てていたなんて――。


 だが、全てはカッとなったらすぐに手が出てしまう素行の悪さゆえのこと。結局、因果応報でしかなかったのだ。王子が俺を陥れたのも、母さんが俺たちの前から消えたのも。


 だから俺は、その言葉を口にしていた。


「……王子、俺を殴ってくれ」


「大和……」


 姉さんが不安そうに見つめてくる。だが、俺はただ無言で頷き返す。正直、これで罪滅ぼしができるなんてちっとも思っていない。――が、その一発で王子の曇りが少しでも晴れるなら、俺は俺を差し出すべきだろう。


 それを察してくれてなのか、姉さんも眉尻を下げつつだが頷き返してくれた。他のみんなも納得していなさそうだが、何一つ言わないでいてくれている。


「頼む」


 俺は俯いたままの王子に一言かける。

 と、その時。ふと王子のギリっと歯噛みした様子が見えた。そして、次の瞬間――。


 ――パシンッ!


 響き渡る衝撃音とともに、左頬に猛烈な刺激を感じた。

 刹那、視界がグラリと揺れてバランスを崩しそうになる。――が、なんとか右足を前に出して踏ん張ることで、倒れずに済んだ。


 頬がジンジンと痛み、熱に変わっていくのを感じる。

 口の中で鉄のような味も広がり始めた。


 ――あぁ、天宮もこんな感じだったんだろな。

 歪む視界と痛む頭の中で、今さらそう思えてしまった。

 だが、今さら気づかされたのはそれだけではない。


「ヒロは()()女の子だったんだ。だから、二度と傷つけるなよ……!」


「っ……」


 睨みを利かせ、語気を強める王子。

 ずっと女の子っぽい男だと思っていたが、まさか本当に女の子だったとは思わなかった。女の子の顔を傷つけてしまったという事実が、心に重くのしかかる。


 ――じゃあ体操ズボンを履いていたのは……。

 瞬間、バラバラだったはずの点が一本の線になった気がした。天宮は恐らく心の性自認に従っていただけなのだ。そして俺は、それを勘違いをしてしまっていたのだ。


 ――本当に、俺は……。

 失態に次ぐ失態に、俺はもう自分が嫌でしょうがなくなってしまった。


「……あぁ、分かった」


「それと」


 すると、王子はそんな前置きをして――。


「……今まで悪かったよ」


 そう、消えかかるように呟いた。

 王子はそのままクルリと後ろを向き、段差を降り始める。右へ長く伸びた影が、隣の家の塀まで暗く染めていった。


 やがて、王子は家の前に止めていた自転車のストッパーを外し、サドルに跨る。そして、それを見た小坂井(こさかい)が「あっ、おい」と手を伸ばした――その、瞬間だった。


「待って」


 と、一つの声が響いた。

 漕ぎ出そうとした足をピタリと止める王子。

 皆が振り向いた方へ振り向くと、声の主は姉さんだった。

 視線を一挙に集める中、姉さんは(おもむろ)に口を開く。


「私はあなたの行動を許せないし、許したいとは思わない。……でも、これだけは言わせて欲しいの」


 そう言って姉さんは一呼吸を置くと、その言葉を紡いだ。


「ヒロさんの為にここまでしたんだから、本当のあなたは優しいんだと思う。……だからね、今度はヒロさんが笑ってくれるようなことをしてあげて」


 ――姉さん。

 悪事は認めないながらも諭すような優しい言葉。そこに姉さんの偉大さを垣間見たと同時に、かつての俺にも向けられている気がして、胸から何かがジワリと滲み出したような感覚がした。


 一方、当の王子は何のリアクションもしようとしなかったが――。


「…………」


 やがて一度も振り向くことなく、そのまま走り出してしまった。


「……伝わった、かな?」


「……さぁな」


 王子の心にまで届いたかは分からない。でも、気のせいじゃなければ、王子の頬から涙が溢れ落ちていったと思う。もしかしたら、汗が流れ落ちただけかもしれないが――。


 王子のいた場所を見つめながらそんなことを思っていると、「御堂」と呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、小坂井が近づいてきていた。そして段差を登って俺の前に止まり、俺の目をジッと捉えると――。


「俺も悪かった。今までごめん」


 深々とその頭を下げた。

 コイツも俺の努力を水の泡にしたヤツだ。許したいとは到底思えない。思えない、はずだったのだが――。

 

「……もういい。それより早くアイツを追いかけてやれ」


 コイツも俺の所為で王子に加担してしまったのだと思うと、これ以上責めることはできなかった。


「本当にごめん」


 そう言って小坂井もまた段差を降りて行き、止めていた自転車のスタンドを外す。そしてサドルに跨ると、一瞬だけこっちを向いて軽く頭を下げた後、王子と同じ方向へ行ってしまった。

 

 俺は王子と小坂井が去った方を、ただぼうっと見つめる。黄味がかった空にに小さな雲がいくつか浮かんでいるのが見えた。――そんな時。

 

「さぁ、御厨(みくりや)君」


「……はい」


 段差上の難波が御厨に手招きしたかと思えば、御厨がおずおずと近づいてきた。


「御厨……」


 ――まさか。

 いや、そのまさかだろう。


「御堂先輩」


 御厨がジッと俺を見上げる。

 そして、キュッと唇を真一文字に結ぶと――。


「僕も王子先輩たちに乗ってしまいました。本当にすみませんでした」


 御厨もまた深々と頭を下げた。

 何も言えないままの俺に、御厨は続けて言う。


「最初は御堂先輩が生徒会の邪魔になると思って、王子先輩の計画に乗ってしまいました。それで情報収集のために募金活動中、御堂先輩にいろいろ尋ねました」


 ――そうだったのか。

 あの時は興味本位でいろいろ聞いてきているだけだと思っていたが、まさかそんな意図があったとは。


 ちょっと変わっているけれど真面目でいいヤツだと思っていただけに、御厨の言葉は受け入れ難いもので、俺はどう反応していいか分からなかった。

 

 そんな俺を余所に御厨は続ける。


「でもあの時、先輩と活動したことで……図書館での先輩を見たことで、僕は自分が過ちを犯してるんじゃないかって思い始めたんです。だから王子先輩の作戦がエスカレートした時も、流石に度が過ぎていると伝えました。でも王子先輩に裏切りを疑われたのが怖くなって……それからは何もできませんでした」


「じゃああん時、『何があっても試験を受けろ』って言ったのは――」


「はい、王子先輩にバレずに伝えられるチャンスだと思ったからです……」


 ――あぁ、やっぱりか。

 遠回しに王子の行動を伝えようとしていたと、後になって思っていたが、どうやら本当だったらしい。そしてそれと同時に、あれは御厨なりのSOS(エスオーエス)でもあったのだろう。


 ――言ってくれりゃ何かしてやれたかもしれねぇのに。

 そうしたら王子を止められたかもしれないのに。なんてタラレバ、後からならどうとでも言えるとは分かっているけれど――。


「そうか、お前も辛かったんだな」


「っ、そんな……。うっ、あっ……本当に、本当にごめんなさい」


 瞬間、御厨の眼鏡の隙間からポロポロと涙が落ちていく。御厨は手で目元を覆うが、それでも指の隙間から涙は落ちていく。


 難波が御厨の背中にポンと手を添えた。そうしてだんだんと嗚咽混じりになっていく御厨の様子を、隣家の木に留まるセミはただ音も立てずに聞いているように見えた。


★―★―★


「終わった、かな……?」


「……だな」


 太陽もそこそこ沈みかけている夕暮れの玄関先。ポツリと呟くような姉さんの言葉に、俺は相槌を一つ打った。


 あれから程なくして、ようやく気分が落ち着いた御厨は帰宅。この場に残ったのは難波・浦上・小牧の三人となった。しかし、コイツらが謝るようなことなんてなく――。


「うわぁぁん不良せんぱぁぁい! 生きててよかったですぅぅっ!!」


「ちょっ、なんだよ急に」


「だってぇぇ! 先輩急に来なくなったんですもぉぉん!」


 突然、段差下で弾けたように泣き出した小牧。余りにも急な出来事に、姉さんは目を真ん丸に開き、俺も一瞬戸惑ってしまった。


 けれど、小牧のくしゃくしゃになった顔を見ているうちに――コイツらを心配させていたのだと実感していくうちに、なんだか胸がキュッと締め付けられたような感覚がした。


 だから俺は、段差を降りて行き――。


「ったく、勝手に殺すなよバカが……」


 左手で小牧の肩をポンと叩いた。


「浦上さん、あの大和の目に涙が……!」


「本当ですね、あの御堂君の目に涙が……!」


「……うるせぇ頬が痛むだけだ。あとこれは()()の分だ」


「いたっ!? え、なんで俺だけ!? 酷くない!?」


 ムカつくから難波にデコピン一発(右手の中指で力いっぱい)をお見舞いしてやった。難波はデコを押さえて何か(わめ)いているが、俺の知ったことではない。あと、口元を抑えてクスクス笑っているけど、浦上も同罪だからな?


「……ふふっ、よかった」


「あ? 今の何がよかったんだよ姉さん」


「ううん、なんでもないよ」


 そう言って眉をハの字にして笑う姉さん。

 けれど何を誤魔化そうとしているのか、俺にはよく分からなかった。


「それより早くそのほっぺた冷やさないとねっ。晩ご飯食べれそう? 何か冷たいヤツにする? あ、それとみんな食べてく?」


「えっ! いいんですかお姉さん!?」


「食いつくの速すぎんだろ難波(お前)。姉さんも何言ってんだ?」


「いいよ〜。皆んなにお礼がしたいからね。ねっ、大和?」


 ねっ、と言われてもとは思ったが、姉さんの純粋な目を見ていると――何よりちょっと期待しているコイツらの表情を見ていると、とても「ダメ」とは言えなかった。


「……はいはい、分かったよ。お前ら親には連絡しとけよ」


「よっしゃあぁぁっ!」


「ありがとうございます。私もお手伝いします……!」


「陽奈も頑張ります!」


 ――ったく、コイツらは。

 なんて呆れてしまったが、笑っているコイツらの顔を見ていると、不思議と胸がポカポカしてきた。


 そして、またコイツらと一緒にいたいと、そう思えてしまった。たとえ、生徒会執行部から退部したとしても――。


 その時、視界の隅で隣家の木からセミが飛び立っていくのが見えた。ふとその先を見上げると、いつの間にか空には、雲は一つとしてなかったのだった。

お読みいただきありがとうございました。

今回で大和君の過去も、一つ区切りが付きましたね。

私も大きな山を一つ越えてくれて、ホッと安堵しております(笑)


さて、次回はいよいよ募金活動・期末試験編の最終話です。

投稿日は未定ですが、なるべく早く出せるよう頑張ります。

それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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