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善行貯金箱  作者: 案内なび
募金活動・期末試験編
40/42

40話 大和の過去

予定より1ヶ月近く遅れてしまい申し訳ありませんでした。

今回は遂に大和の過去編です。

普段より少し長いですが、お楽しみいただけると幸いです。

 あれは、中二の夏のことだった。

 晴れ間の続いたある日、俺は家にいるのが退屈になり、他のヤツが授業をしている時間を見計らってふらっと散歩に出掛けていた。――その道中だった。


 ある中道(なかみち)に入った時、道の端っこに屈んでいるような人影が見えた。


 ――何やってんだ?

 こんな暑い中、虫でも眺めているのだろうかと思った。

 けれど、だんだんと近づくにつれ、白い制服を着た同じ中学のヤツが(うずくま)っているのに気づいた。


「おいお前、大丈夫か!?」


 明らかに様子がおかしいと思い、俺は急いでソイツの元へ駆け寄る。すると、ソイツは(おもむろ)に口を開いた。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと目眩(めまい)がしただけで……」

 

 言いながら立ち上がろうとする、黒髪ショートヘアのソイツ。よく見るとズボンだけが体操着で、俺はふと違和感を覚えた。

 けれどその瞬間、ソイツはフラッとよろめき――。

 

「ヤバっ」


 前頭部からアスファルトに倒れ込む――。


「…………っぶね」


 ギリギリだった。反射的に伸ばした俺の両手が、寸手のところでソイツの両肩に届いたのだ。お陰でなんとか最悪の事態は免れ、俺はホッと安堵の息を吐いたが――。


「全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか」


「ありがと。でももうヤバいかも」


「は? ちょっ」


 刹那、ソイツは崩れるようにまた蹲ってしまった。

 俺も僅かに遅れて屈み、ソイツの背中に手を触れる。

 カッターシャツ越しにぐっしょりとした感触が伝わり、直感的にマズいと感じた。


 ――おいおいどうすりゃ!

 必死に辺りを見渡す。――が、ここは人通りの少ない中道。人も車もそうそう見かけない場所だった。


 けれど、パニックになってしまっていた俺は、そんなことも知らずに必死で叫んでいた。


「誰かいねぇかっ!? 誰でもいいからっ!」

 

 右へ左へ首を動かす。

 心臓の鼓動がドクドクと音を立てて速まり、暑さも相まって喉はカラカラに渇いてしまいそうだった。――そんな時。


「おいっ、大丈夫かっ!?」


 後方から一つの声が聞こえてきた。

 振り返ると、白髪混じりのお爺さんが駆けて来ていた。

 瞬間、胸の締めつけがジワリと緩んだ気がした。


「おっさん、救急車を呼んでくれ! 頼む!」

「おぉ、分かった」


 それから約十五分後に救急車が到着するまでの間、俺はすっかり湿った手に気にも止めず、荒い呼吸をするソイツの背中を(さす)り続けた。


★―★―★


「……ここは」


「気がついたか」


 明星(あけぼし)第一(だいいち)病院のとある共同部屋の一室。そこでただ一人ベッドで眠っていたソイツ――天宮(あまみや)はゆっくり瞼を開くと、目玉を転がし、側の椅子に座る俺を見つめた。


「キミは……。いや、キミが助けてくれたんだよね」


「まぁな」


 そう言って、徐に身体を起こし始める天宮。

 剥ぎ取られた布団の中から、白いカッターシャツを着た身体が(あら)わになる。ぐっしょりと濡れていた汗はすっかり乾き、俺の後ろにあるブラインドから漏れる光の所為か、顔色も搬送前より良く見えた。


「……ねぇ、名前聞いてもいいかな?」

 

 すると、天宮は真っ直ぐな瞳を向けて尋ねてきた。――が、俺は思わず口を(つぐ)んでしまう。

 御堂大和という名前を出すことで、天宮を不快にさせるかもしれないと思ってしまったのだ。

 けれど――。


「ダメ……だったか?」


 天宮は申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 そんな顔をされてはだんまりを決め込むのが心苦しい。

 俺はほうっと一息吐いて応える。

 

「……御堂大和だ」


「御堂……」


 俺の名前に、ハッと目を見開いたのち沈黙する天宮。

 あぁ()()()()()と思ったが、次の瞬間、天宮はふっと笑うと――。


「意外かも」


 そんな言葉を溢した。

 

「……だろうな」


 御堂大和という名前は不良のイメージとイコールで結ばれている。それを自覚していたから、天宮の隠れた言葉に反論する気にはなれなかった。

 

「俺は天宮陽良。助けてくれてさんきゅーな」


 そうしてニカッと笑う天宮。中性的な顔立ちの所為か、少しだけ笑顔が可愛らしく見えてしまい、不意に胸がドキッとしてしまった。


「っ……、あぁ」


「どうかした?」


「いや、なんでもねぇよ。それよりだが……」


 俺は誤魔化しつつも、本題に入るべくその質問を繰り出す。


「医者から聞いたんだが、疲労が溜まっていたのが原因で倒れたらしい。何があったんだ?」


 瞬間、天宮は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 そして俺から目線を外すと、真っ白な布団を見つめたまま消えかかるような声で呟いた。


「……何もないよ。ちょっと体育ではしゃぎすぎただけ」


 ――それで下が体操着だったのか?

 妙に納得のいく答えだったが、どこか拭えない違和感が胸に(つか)えた。けれど、俺はすぐにその正体に気づいてしまった。


「……本当か?」


「……なんで?」


「いや、なんつーか。どっか似てるんだよ、俺の母親に」


「大和の母親に……?」


 天宮の目玉が俺を捉え直す。

 突然の大和呼びに一瞬だけ意識が持っていかれたが、俺は何事もなかったかのように続ける。


「あぁ。ずっと疲労やストレスが溜まっていって、ある日突然、何かの拍子にそれが爆発する。それも誰にも知られず、人知れないところで」


「…………」


 そう、俺の母親は中一の時――当時から見て一年前に、突如として姿を消した。理由は分からないままだが、俺が誰かを殴っただの物を壊しただの問題ばかり引き起こしたことが原因だと思っていたし、今でもそうとしか思えない。


 きっと、ストレスが心の容器に塵のごとく少しずつ積もり、それが途中で掃除されることもないまま、最終的に容器から溢れ出す。或いは、無理やり蓋をしようとして、圧力で容器が壊れてしまったのだ。


 それが、母さんが俺と姉さんを残して消えた理由だと思う。天宮もきっとここまで近しい状態にあって、今回それが体調不良として溢れ出たのだろう。


 だからこそ俺は――。


「なぁお前、何か抱え込んでねぇか?」


 天宮の目をジッと見つめて尋ねた。――が、天宮は再び視線を外して俯いてしまう。そうであって欲しくなかったが、おおよそ的中してしまったらしい。


 静寂が病室を包んでいく。ガラガラと何かを運ぶような音が、閉じられた扉越しに聞こえてきた。

 やがて静寂を破るように、天宮はポツリと呟いた。

 だが、それは信じがたいような言葉で――。


「うちって母子家庭なんだよね、お父さん事故で亡くなってて。母さんと俺、あと弟が三人。だけど母さん、身体が弱くって……」


「っ……」


「だから家のことは基本俺がやってる。弟たちの面倒も」


「……」


「だから宿題なんて疲れてする気にもなれない。偶にしかできないし、成績も下から数える方が速いんだ。そのお陰で嬉しいこともあったけど、それは奇跡に近いもの。(ほとん)どマイナスになることばっかりだよ」


 まぁ宿題をしないのは自業自得なんだけどねと、おどけたように笑う天宮。俺は衝撃のあまり、何も言うことができなかった。


 この当時はまだその言葉を知らなかったが、今ならあの時の天宮の状態を指す言葉を知っている。天宮は所謂(いわゆる)、ヤングケアラーというヤツだったんだ。


「でも、別に母さんや弟たちのことを恨んではないし、むしろ大好きだよ。……けど」


 そう前置くと、天宮はギュッと布団を握り締め――。


「……けど、俺の人生ってなんなんだろうなぁって」


 ドカッと、ベッドに横たわった。

 俺はもう、どう言葉をかけていいか分からなかった。


「……ごめんな、迷惑かけて」


 繕ったような笑顔を浮かべる天宮。

 けれど、その表情はあまりにも痛々しくて、胸がズキリと痛んだ。さっきと同じ笑顔のはずのに――だ。


 だから俺は、思った言葉をそのまま口に出してしまった。


「暫く休んでろ。無理して学校行く必要はねぇ」


「……でも」


「でもじゃねぇ。俺はお前に死んでほしくねぇんだ」


 その日に初めて会話したヤツが何を言っているんだと、自分でも思う。けれど、それは紛れもなく本心から来た言葉で、天宮を思っての言葉だった。


 その、はずだったが――今ではとても後悔している。


「……分かった。約束するよ」


 天宮が柔和な笑みで応える。

 だがこの時、一瞬どこか腑に落ちていなさそうな表情をしたことを、俺は気のせいだと思ってしまっていた。


★―★―★


 あの後、天宮の叔父さんが迎えに来てくれ、天宮は帰宅。

 俺も叔父さんのご好意で、家の近くまで送ってもらった。

 

 道中、車内では暫くぎこちない雰囲気が漂っていた。

 そりゃそうだ。天宮は申し訳なさそうに沈黙し、俺は初対面の大人相手に気まずさを感じていたのだから。


 それでも天宮の叔父さんがなんとか話を振ってくれたお陰で、多少は緊張感もほぐれた。途中から天宮も会話に入ってきたので、家の近くに着く頃にはそこそこ和やかな車内となった。


 優しい叔父さんがいて、内心ホッと安堵したものだ。

 別れ際、「ありがとうございました」と夕陽に照らされながら微笑む叔父さんの顔は、今でもよく覚えている。


 それから翌日の昼過ぎ。

 俺は久しぶりに制服に袖を通し、学校へと向かっていた。

 理由はただ一つ。気になったのだ、天宮が学校を休んでいるかどうか。

 

 それでも昨日の今日なのだ。

 流石に様子見も兼ねて今日は欠席していると思った。

 でもその途中、見つけてしまったんだ。


 体育館横のプール場。

 その日陰のベンチに腰掛ける、天宮の姿を。

 俺はぐっと歯噛みをした後、放課後に校舎裏へ来るよう密かに天宮に伝え――。


「なんで来たんだよ……」


「……ごめん」


(つれ)ぇのはお前じゃねぇのかよ……」


「……ごめん」


 校舎の影に覆われる中、地面の暗がりを見つめる天宮。俺はギリリと奥歯を噛み締め、右拳をギュッと握り締める。

 悔しかったのだ。約束をあっけなく破られたことも、天宮を説得しきれなかったことも。


 腹が沸々と煮えたった。脳がグラグラと熱に揺れた。

 だから、俺は――。


 ――パシンッ。

 感情のまま、右手で天宮の頬に平手打ちしてしまっていた。――その瞬間。


「おいお前! 何してんだっ!!」


 と、誰かの叫び声が左から聞こえた。

 心臓がドクンと脈打つ。

 咄嗟に振り向くと、一人の男子生徒が鬼のような形相で駆けて来ていた。


 ――クソっ、人がいたのか。


 思わず出た舌打ちとともに、俺はその場から駆け出す。

 瞬間、背後から「てめぇ!」と荒い叫び声が聞こえてきた。

 けれど、俺はただ一心不乱に校門へと駆けていた。

お読みいただきありがとうございました。

遂に大和くんの過去が明らかになりましたね。

さて、この話を聞いた生徒会メンバーや舞香、そして何より瑠唯くんはどう思ったのか?

次回、一連の騒動は終局へと向かいます。お楽しみに。


なお、次回の投稿予定日は未定ですが、来月中には2話分を投稿して今の編を終わらせたいと思っています(願望)。

流石にこの編が始まって1年となる6月9日の前には終わらせたいので、なんとか頑張ります。


それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)

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