39話 再燃する思い
大和の過去は次回になります。前回の後書きで記した予定と変わってしまい申し訳ありません。ご了承ください。
あの日からちょうど一週間。
俺の生活は生徒会執行部に入る前と同じに戻っていた。
学校には行かず、ただ家で惰眠を貪るだけの日々――。
善行貯金のためにやっていたゴミ拾いも、今は学校のヤツらに会いたくなくてやっていない。
やっているとすれば、家事をして貯金をするくらいだ。
それでも、大した金額にはならないが……。
そうやって学校とは離れた生活をしていたためか、少しは心が回復してきている感じがしている。
とは言っても、依然として心の傷は深いまま。
当然、あの時のことを思い出すと腹が立つし、感情的に動いてしまったことを後悔している。
完全に立ち直れる頃には、きっと夏休みも真っ盛りかもしれない。それまではこうして、一日の大半をソファの上で過ごしていくのだろう。
でも、時々ふと思うことがある。
「アイツら、何やってんだろな……」
難波は浦上にテストで勝てたんだろうか?
小牧は今日も浦上に狂っているんだろうか?
そんな二人を浦上は微笑ましく見つめているんだろうか?
キャンバスのように真っ白な天井に、アイツらの顔が浮かんでは消えていく。
アイツらと活動することはもう無いのかもしれないと思うと、なんだか胸がギュッと締めつけられて苦しい。
たった二ヶ月ほど一緒に過ごしただけなのに。
「はぁ……やめだやめだ。辛いだけだ」
かぶりを振り、身体を起こす。
この一週間でもう何度この動きを繰り返したのかも分からない。
――本当に、いつからこんな弱くなったんだろな、俺は。
ソファの生地を見つめてそう思った。
すると、その時――。
「やまと〜、そろそろ晩ご飯作らな〜い? 私、お腹空いたよ〜」
右の方から、姉さんの腑抜けたような声が聞こえてきた。
振り向くと、ダイニングテーブルに上半身をぐでっと横たえる姉さんの姿があった。ノートパソコンを開いているあたり、大学の課題か何かをしていたのかもしれない。
ふと斜め上の壁掛け時計を見ると、時刻は午後五時すぎを示していた。確かに腹の虫が鳴ってもおかしくない時間だ。
「分かった。んじゃ、なんか作るか」
「わーい! なに作る〜?」
「冷蔵庫ん中、何が残ってったっけ?」
「んーっとね、確かお豆腐と……」
そうして俺と姉さんが立ち上がり、冷蔵庫の中を確認しに行こうとした時だった。
――ピンポーン。
と、インターホンの電子音がリビングに響いた。
「誰だ?」
「誰だろね? とりあえず私が出るよ」
「あぁ。なら、こっちで冷蔵庫確認しとく」
「おっけー」
そう言って姉さんはリビングの扉を開けると、「はーい、今行きまーす」と玄関に向かって行った。
――まさか、な。
心臓がドクンと脈打った気がしたが、気づかないフリをして冷蔵庫の一番上の扉を開ける。
「んーっと? 豆腐、納豆、油揚げ……」
いや、大豆もの多いな。
「合挽あるな。そぼろ豆腐にでもするか…… ?」
これなら割と簡単に作れるし、姉さんも頷いてくれるだろう。
「あともう一品は……」
と、再び冷蔵庫を探り始めたその時だった。
ガチャリ、とリビングの扉が開いたかと思えば――。
「大和、ちょっと来て」
神妙そうな顔付きで姉さんが手招きをしてきた。
――まさか、本当に?
心臓の鼓動がドクドクと速くなるを感じる。
「……なんだ?」
冷静を装いながら冷蔵庫を閉めると、姉さんは一つ間を置いて口にした。聞きたいようで聞きたくなかった、その言葉を――。
「凪沙ちゃんたちが来たの。知らない子たちと一緒に。大和に話したいことがあるって……」
刹那、心臓がギュッと鷲掴みされたような感覚がした。
浦上たちがいるのはなんとなく予想していたが、知らない子たちって――。
「っ……」
鷲掴みにされた心臓から不安が絞り出され、全身が強張る。
「……一緒にいようか?」
「頼んだ……」
俺の様子を見て察してくれたのか、姉さんは俺のことを気にしてくれ、俺もまた姉さんを頼ることにした。
それでもまだまだ不安は消えないが……、俺は意を決して姉さんとともに玄関へ向かうのだった。
★―★―★
ジリジリと夏の夕陽が肌を刺し、やんややんやと蝉が騒ぐ住宅街。その中で自転車数台が道端に止められている家の扉が、ガチャリ、と開いた。
中から現れたのは、御堂姉の姿。
そしてその後ろから、御堂大和が姿を現した。
上下とも学校の黒ジャージだ。
「お前ら……」
ポツリ、と御堂が呟く。
一瞬だけ御堂と目が合ったような気がして、俺は思わず目線を逸らしてしまった。――だが、その時。
「……瑠唯?」
突然、俺の右隣にいた瑠唯が段差を登って行ったかと思うと――。
「なんでヒロを殴った……」
「っ……!」
「なんで、あの時っ! ヒロを殴ったんだよっ!!」
また瑠唯が掴みかかったのだ。――それも両手で。
「ちょっ、何してるの!?」
御堂姉が劈くように叫ぶ。
反射的に御堂も首元にある瑠唯の両手を掴んだ。
俺は瑠唯を止めようと、左足を一歩前の段差に掛けた。
けれどその瞬間、瑠唯に拒絶された時のことを思い出してしまい――。
「っ……」
踏み出した左足を、また戻してしまった。
俺の左隣にいた御厨もまた、身体を震わせて動けずにいるようだった。
「ねぇやめてよ!」
「王子お前いい加減にしろって!」
動けない俺たちの代わりに、御堂姉と難波が瑠唯を引き剥がそうとする。――けれど。
「答えろよっ!! お前の所為で! ヒロは学校に来なくなったんだぞっ!!」
瑠唯は感情任せに激しく御堂を揺さぶり、その手を離そうとはしなかった。
一方で御堂は何を思っているのか、瑠唯の両手は掴んでいるものの、俯いているだけで抵抗する素振りを見せなかった。
なかなか治らない瑠唯の怒り。
今回は先生がいない上、怒りの原因が目の前にいるのだ。
だから、止めようにも止められない気がして、俺は諦めかけてしまった。
けれどその時、浦上さんが瑠唯の後ろへ近づいていくと――。
「王子くん、このままだと通りかかった人に通報されますよ?」
そう口にした。刹那、瑠唯の動きがピタリと止まった。
浦上さんの一言で今の状況に気づいてくれたらしい。
幸い今のところは誰も通りかかっていないが、騒ぎを聞きつけて近所の人が家から出てくる可能性はあった。
「ちっ……クソッ!」
瑠唯は舌打ちをし、御堂を突き飛ばすように両手を離す。
その所為で、御堂はふらついて倒れそうになった。
けれど、御堂姉がすぐに片手を伸ばして受け止める。
おかげで、なんとか御堂は立ったままでいられた。
「大丈夫、大和……?」
御堂姉が覗き込むように尋ねる。
けれど、御堂は無言のまま頷くだけだった。
ふと右からほうっと息を吐く音が聞こえる。
小牧さんが安堵の息を漏らしたらしい。
そうして周りが落ち着いていく中、瑠唯だけは依然として御堂を睨んだまま荒い呼吸をしていた。暑さの影響も相まってか、陶器のような白い首筋には汗が滲んでいる。
瑠唯の腕を取り押さえている難波も、頬から汗を流していた。
忽ち訪れる静寂――。玄関先に八人もいるのに誰も話さない光景は、なんだか不思議な感覚だった。いつの間にか、蝉の鳴き声も減ってきているような気がする。
やがて静寂を払うように、言葉が聞こえてきた。
「ねぇ大和、ヒロって……」
不安そうに何かを確認しようとする御堂姉。
当の御堂は暫く俯いて何も言わないままだったが、やがてポツリと言葉を紡いだ。
けれど、その言葉はあまりにも衝撃的で、俺は開いた口が塞がらなかったのだった。
「天宮は、死ぬかもしれなかったんだ――」
お読みいただきありがとうございました。
瑠唯の怒りによって自身の過去を語り始めた大和。
あの時、天宮陽良の身に何があったのか?
そして、大和が天宮陽良を平手打ちした理由とは?
次回こそ大和の過去編です。お楽しみに。
なお、次回は3月末から4月初旬ごろに投稿予定です。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




