38話 胸の痛み
「……どういうことだ?」
御厨の言葉に対し、威圧感を滲ませて問うナマハゲ。
振り向かなくても分かる。眉を顰め、睨むように御厨を見つめるナマハゲの顔が――。
ナマハゲだけではない。さっきまで俯いていた浦上さんも目を丸くして御厨を見つめ、難波も両手を組んだまま御厨を見つめていた。
そうして多くの視線を集める御厨は、身体を小刻みに震わせながら応える。
「御堂先輩を追い出そうとしたんです……。この生徒会執行部から」
「なんで……」
「お、お前、何言って……」
御厨の告白に小牧さんは目を丸め、俺は言葉を詰まらせる。これには瑠唯も顔を顰め、先程までのような爽やかな笑みは失われていた。御厨は俺の方へ顔を向けて続ける。
「小坂井先輩、僕もう疲れたんです。これ以上嘘を吐き続けることに……」
「っ……」
「募金活動の時、御堂先輩と話してみて分かったんです。御堂先輩は怖いけれど、根は真面目でいい人ですって。図書館でカウンター当番をしてた時も、ずっと難波先輩たちと勉強していた姿を見てましたし」
瞬間、視界の端で難波が俯いて歯を食いしばったような気がした。そして御厨は「だから」と前置くと、両手を机に乗せて――。
「そんな人を陥れようとしたなんて、罪悪感ではち切れそうで、ずっと胸が苦しかったんです……。早く楽になりたかったんです……!」
感情的に、されど消えゆくように言葉を吐き出した。
もう何度目かの静寂に包まれる教室。
溜まっていたものを全て吐き出した後のような御厨の嗚咽を、クマゼミがシャンシャンと囃し立てる。
――にしても御厨のヤツ、自白しやがったか。
記憶を辿ってみれば、御厨はそれらしい行動を見せてはいた。募金活動が終わった後、帰ろうとする御堂を叫んで呼び止めたあの行動――。あの時からきっと、御厨の心は揺らいでいたに違いない。
その行動の所為か、その後瑠唯はチャットで御厨に釘を刺したり、本来は御厨に任せるはずだった御堂姉の撮影を俺に任せたりして、御厨が裏切るのをかなり警戒していた。――その努力も、今この瞬間に水の泡になってしまったけれど。
だから、なのか。
――ガタンッ。
「やっぱり裏切ったね……」
突然、瑠唯が椅子を突き放すように立ち上がったかと思うと――。
「そうやってお前もっ!! 俺から何もかも奪って!!」
「ぐっ……」
右手で御厨の胸ぐらに荒々しく掴みかかったのだ。
「きゃあっ!?」
「ちょっ、おい瑠唯落ち着けって!」
小牧さんの悲鳴とほぼ同時に俺は慌てて立ち上がり、後ろから瑠唯の身体と右手をがしっと掴む。――が。
「るっせぇ! 落ち着けるかよっ!!」
「がっ!?」
振り払った瑠唯の左腕が俺の胸に衝突。
その衝撃で俺はバランスを崩し、尻餅をついてしまった。
「静まれぇっ!!」
刹那、聞いたこともないナマハゲの怒号が飛ぶ。
けれど俺は、何が起こったのか分からずにいた。
ハッとして顔を上げる。
そこには、呆然と目を見開いて固まる瑠唯の顔があった。
瞬間、何が起こったのか察してしまった。
俺は瑠唯に殴られたんだと。瑠唯に拒絶されたんだと。
「っ……」
不意に居た堪れなくなり、目線を床に落とす。
胸がズキズキして痛い。肉体的にも、精神的にも――。
「……チッ」
「っはぁ……」
程なくして瑠唯が舌打ちし、御厨の呼吸が回復する音が聞こえた。ようやく瑠唯が御厨を放したのかもしれない。
「御厨、王子、小坂井。正直に全てを話せ」
やがてナマハゲの威圧感ある声が耳に響いた。
俺たちを名指しで呼んだあたり、ナマハゲは多分もう察している。言い逃れはできそうにない。
同じように察したのか、瑠唯もほうっと深い溜め息を吐くと――。
「……分かりました」
と、一言だけ呟き――。
「二人とも、悪かった」
ポツリと謝罪の言葉を溢した。
そうして瑠唯は、これまでの全てを語り始めた――。
★―★―★
それからはあっという間だった。
いろんな視線に晒されながら、俺たちは今までのことを思い出せる限り全て話した。
もともと瑠唯が御堂を恨んでいたこと。
御堂の入部を機に俺と瑠唯で計画を立て始めたこと。
御堂が浦上さんに告白したという嘘をばら撒いたこと。
途中から偵察役として御厨を引き入れたこと。
募金活動の日、御厨が御堂姉の情報を引き出したこと。
俺が瑠唯から御堂姉の盗撮依頼を引き受けたこと。
俺が盗撮した御堂姉の姿や持ち物を元に、瑠唯が事故現場の写真を偽造したこと(これについては俺は知らなかった)。
そして試験最終日の朝、遂に計画を実行したこと――。
話している途中、瑠唯は立ちっぱなしで淡々と語り続けていた。顔色も声色も変えず、ただずっと、同じ調子で。
所々で俺や御厨が口を挟んだが、それでも大半は瑠唯が語った。
そうして全てを話し終えた俺たちは――。
「すみませんでした」
瑠唯が頭を下げたのに続き、俺と御厨も頭を下げた。
正直、ここまでの様子を他のヤツらがどう思って見ていたのかは分からない。けれど確実に言えるのは、俺たち三人の信用は地に堕ちたということ。不良と呼ばれた御堂よりも、信用を失ったということ。アイツらの視線が、何よりもそれを証明していた。
やがて俺たちの弁明が終わると――。
「……お前たちの処遇は追って伝える。文化祭についてはまた後日とするので、各々、今日はもう帰るように」
ナマハゲは立ち上がり、プリントを抱えて俺の横を通り過ぎた。そして生徒会室の扉を開けて。
――ピシャリ。
と、少し強めに扉を閉めて行ってしまった。
また重苦しい空気が室内を覆う。死刑を宣告された罪人はこんな気持ちなんだろうかと、朧げにそう思えてしまう。
気がつけば窓の向こうで西陽が傾き始めていたが、それでも空はまだまだ明るい。耳を通り抜けるセミたちの声も、まだまだ収まりそうにない。そんなどうでもいいはずの情報だけが、どこか虚な部分に入り込もうとしていた。
「……王子くん、小坂井くん、御厨くん」
するとその時、左から俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、さっきまで黙っていたはずの浦上さんが立ち上がっていた。
「……なんだよ浦上さん」
俯いたまま恨めしそうに応える瑠唯。
これには一瞬、浦上さんは肩をピクリと震わせ、口を僅かに開いた。けれど、その口をギュッと真一文字に結ぶと、一呼吸を置いてその言葉を口にした。
「行きましょう、御堂くんのところに」
「御堂の、ところに……?」
「はい、行きましょう」
どうしてかは言わず、ただ「行きましょう」とだけ言う浦上さん。その目には強い何かが秘められているような気がした。浦上さんが何を言いたいのか、俺は分かっている。――いや、俺だけではない。
「僕は、行きたいです……」
御厨も分かっていた。恐らく瑠唯も分かってはいるはず。
けれど、瑠唯は俯いたまま口を開こうとしなかった。
「瑠唯、行こうぜ……」
俺は瑠唯の右肩に手を添える。
だがその瞬間、また手を振り解かれるんじゃないかと怖くなり、すぐに手を離してしまった。
けれど、瑠唯は――。
「……分かった」
特に振り払う素振りを見せず、呟くように応えてくれた。
お陰で、なんだか少しだけ心が和らいだような気がした。
「……さんきゅ、瑠唯」
「…………あぁ」
そうして俺・瑠唯・御厨の三人は、夏の太陽が照りつける中、浦上さんたちに連れられて御堂のところへ向かうのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回、大和くんの中学時代が明らかになっていきます。
あの時、大和と陽良の間に何があったのか……?
そして、大和の思いとは……?
本編も残すところあと数話です!
(追記3/20:大和の過去が明らかになるのは次次回です。楽しみにしていただいた方には申し訳ないですが、ご了承ください。何卒。)
なお、次回は3月中旬ごろ投稿予定です。お楽しみに。
それでは、次回もまたよろしくお願いします(→ω←)




